和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

どうぞ仕舞迄。

2007-10-24 | Weblog
<直筆で読む「坊っちやん」>(集英社新書ヴィジュアル版)を読んだところです。
変体仮名がありまして、のろのろとゆっくり読んだので、あれこれと思うことがありました。数日かけてゆっくり読んだので、こりゃ、数日かけてブログに書き込みができるなあ。楽しみです。ところで、今回は「手紙と庭」ということで書いてみます。

この夏目漱石の直筆原稿は、読み甲斐がありますよ。
原稿用紙の枡目ごとに、きちんと、ひと文字づつ書きこまれており、筆で書くような草書の、何を書いてあるのか読めないようなくずし字などではありませんでした。丁寧な文字なのです。ただ平仮名が変体仮名なので、最初は何とも違和感があります。

この<直筆で読む「坊っちやん」>には、最初に秋山豊氏の文があり、次に漱石の原稿。最後に夏目房之介の文が載っております。

最初の秋山豊さんの文には、実際に通読する際の読みにくさを解消するための手引きとしても書かれており、急がば回れという気持ちでまずは読まれるとよいですよ。
私はp63の「変体仮名早見表」を何度も参考にして読む進みました。秋山氏いわく「変体仮名や漢字の崩し方、仮名遣いなどは、はじめのうちこそ困難を感じるだろうけれども、二、三頁読み進めれば次第に慣れて、さほど困難は感じなくなると思う」(p13)と書かれております。
最後にある、夏目房之介さんの「読めなかった祖父の直筆原稿」では、
「残念ながら孫の僕には、それをストレスなく読みこなすリテラシーはない。我慢して数ページ読んだが、すぐ挫折してしまった。印刷された小説は何度か読んでいるから、なんとか読めるかと思ったが、いかんせん『面白くない』のだ。まあ、面白がらせる字を書いているのではなく、読みやすく書いたのだろうから当たり前である」(p369)とあります。
じつは、私はお孫さんの夏目房之介さんが「挫折してしまった」と書いているのを読んで俄然、読む気になりました(笑)。
というのも、最初は字面を追うのがやっと。内容を楽しんではいなかったのですが、原稿用紙13枚目の四国へと旅立つころから、にわかに文字を追うのが苦痛ではなくなりました。ということは、20ページぐらい読んでからやっとエンジンがかかってきたようなわけです。それもこれも、房之介さんの「挫折」が励みになりました。

さて、このようにして読んで来るとですね。
清から坊ちゃんへの手紙が、印象に残るのです。
たとえばこんな箇所。

「今時の御嬢さんの様に読み書きが達者でないものだから、こんなまづい字でも、かくのによっぽど骨が折れる。甥に代筆を頼もうと思ったが、折角あげるのに自分で書かなくっちゃ、坊っちゃんに済まないと思って、わざわざ下た書きを一返して、それから清書をした。清書をするには二日で済んだが、下た書きをするには四日かかつた。読みにくいかも知れないが、是でも一生懸命に書いたのだから、どうぞ仕舞迄読んでくれ。と云ふ冒頭で四尺ばかり何やら蚊やら認めてある。成程読みにくい。字がまづい・・・おれは焦(せ)つ勝ちな性分だから、こんな長くて、分りにくい手紙は五円やるから読んでくれと頼まれても断はるのだが、此時ばかりは真面目になつて、始から終迄読み通した。読み通した事は事実だが、読む方に骨が折れて、意味がつながらないから、又・・・・」

さて、ここで庭が登場します。

「又頭から読みなおして見た。部屋のなかは少し暗くなって、前の時より見にくくなったから、とうとう椽鼻へ出て腰をかけながら丁寧に拝見した。すると初秋の風が芭蕉の葉を動かして、素肌に吹きつけた帰りに、読みかけた手紙を庭の方へなびかしたから、仕舞ぎわには四尺あまりの半布がさらりさらりと鳴って、手を放すと、向ふの生垣迄飛んで行きそうだ。おれはそんな事には構って居られない。・・・」


もう一か所は、坊っちゃんから清へと手紙を書こうとして書けないという箇所です。
その書けないということを書いている箇所がいいのですが、それは省いて庭が登場する少し前から引用します。

「・・・・こうして遠くへ来て迄、清の身の上を案じていてやりさへすれば、おれの真心(まこと)は清に通じるに違ない。通じさへすれば手紙なんぞやる必要はない。やらなければ無事で暮してると思ってるだろう。たよりは死んだ時か、病気の時に、何か事の起つた時にやりさへすればいい訳だ。庭は十坪程の平庭で、是と云ふ植木もない。只一本の蜜柑があって、堀のそとから、目標になる程高い。おれはうちへ帰ると、いつでも此蜜柑を眺める。東京を出た事のないものには蜜柑のなっている所は頗る珍らしいものだ。・・・」


コメント
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