渡部昇一著「楽しい読書生活」(ビジネス社)の
こんな箇所がありました。
「・・・漱石の漢詩はいまもって暗唱するに足るし、再読して感激します。俳句もいいと思います。詩と小説はまったく別物なのです。年齢をとってから読めるような小説はめったに無いけれども、しかし詩や和歌や俳句は、若くて幼稚な人が書いたものでもいいものはいい。このあたりが文学・芸術の不思議なところです。」(p215)
この「いいものはいい」から、私は、戦後すぐの昭和23年に移動したくなるのでした。それは、昭和23年雑誌「きりん」に掲載された詩について語られております。では井上靖氏に語っていただきます。
「少し大袈裟な言い方をすれば、私(井上靖)はその夜、たまたま小学校から送られて来た二人の少女の詩に、感心したというより、何もかも初めからやり直さなければならないといったような思いにさせられていた。」
ここからです(笑)。
「その頃、私も小説を書こうとして、毎晩机に向かって原稿用紙を無駄にしている時だったので、その二編の少女の詩の持つ水にでも洗われたような埃というものの全くない美しさに参ってしまったのである。それぞれ十行ほどの短い詩であったが、子供だけの持つ汚れのない抒情が、幼い字で書き記されてあって、大人ではこんな風には書けないと思った。余分なことは一語も書かれていず、水の中を流れている藻でも見るように、子供の心が澄んで見えている。『いちょう』を読むと、いちょうの葉の落ちている校庭で、滑り台を滑っている小学一年生の少女の姿が眼に浮かんでくる。そしてその時の少女の気持ちが、手にとるようにはっきりと、こちらに伝わってくる。少女は淋しいと思っているのでも、悲しいと思っているのでもなく、うつくしいな、ただそれだけである。そして、いちょうの落ちている庭で、いちょうの落ちるのを眺めながら、滑り台を滑っているのである。・・・」
最後に、その詩を引用しておきます。
いちょう 山田いく子
きれいな いちょう
おおきなきに
ついている
かぜにふかれて
おちていく
うつくしいな
わたしは それをみて
すべりっこを
すべりました
こんな箇所がありました。
「・・・漱石の漢詩はいまもって暗唱するに足るし、再読して感激します。俳句もいいと思います。詩と小説はまったく別物なのです。年齢をとってから読めるような小説はめったに無いけれども、しかし詩や和歌や俳句は、若くて幼稚な人が書いたものでもいいものはいい。このあたりが文学・芸術の不思議なところです。」(p215)
この「いいものはいい」から、私は、戦後すぐの昭和23年に移動したくなるのでした。それは、昭和23年雑誌「きりん」に掲載された詩について語られております。では井上靖氏に語っていただきます。
「少し大袈裟な言い方をすれば、私(井上靖)はその夜、たまたま小学校から送られて来た二人の少女の詩に、感心したというより、何もかも初めからやり直さなければならないといったような思いにさせられていた。」
ここからです(笑)。
「その頃、私も小説を書こうとして、毎晩机に向かって原稿用紙を無駄にしている時だったので、その二編の少女の詩の持つ水にでも洗われたような埃というものの全くない美しさに参ってしまったのである。それぞれ十行ほどの短い詩であったが、子供だけの持つ汚れのない抒情が、幼い字で書き記されてあって、大人ではこんな風には書けないと思った。余分なことは一語も書かれていず、水の中を流れている藻でも見るように、子供の心が澄んで見えている。『いちょう』を読むと、いちょうの葉の落ちている校庭で、滑り台を滑っている小学一年生の少女の姿が眼に浮かんでくる。そしてその時の少女の気持ちが、手にとるようにはっきりと、こちらに伝わってくる。少女は淋しいと思っているのでも、悲しいと思っているのでもなく、うつくしいな、ただそれだけである。そして、いちょうの落ちている庭で、いちょうの落ちるのを眺めながら、滑り台を滑っているのである。・・・」
最後に、その詩を引用しておきます。
いちょう 山田いく子
きれいな いちょう
おおきなきに
ついている
かぜにふかれて
おちていく
うつくしいな
わたしは それをみて
すべりっこを
すべりました