朝日の古新聞の書評欄で、
買わないけれど、気になる書評をピックアップ。
7月21日、出久根達郎氏の書評。
伊東祐吏著「『大菩薩峠』を都新聞で読む」(論創社・2625円)
をとりあげておりました。そこから一部引用。
「著者は『大菩薩峠』の初出紙に当ってみる。
百年前の大正二年から十年まで都新聞(現・東京新聞)
に連載された(前半の一部)。
作者の介山は同社の記者であった。
当時の時代背景や空気を感じつつ発表紙を読めば、
読後感もまた違うだろうと考えた。
すると思いがけない発見をした。
現在私たちが読んでいる『大菩薩峠』は、
新聞連載時の三分の二に縮められた
ダイジェストであったのだ。・・・・」
9月1日、いとうせいこう評。
塩澤幸登著「雑誌の王様 評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス」(河出書房新社・\3150)。
をとりあげておりました。そこから少し。
「評者である私も、
実は雑誌編集から仕事を始めた。
先輩に
『雑多な情報をうまくまとめるから雑誌なんだ』
とよく教えられた。
だからなのか、本書を読みながら、
先輩編集者から教えを乞うような気分が続いた。
楽しく味わい深い時間だった。・・・」
9月8日、隈研吾評。
上田篤著「縄文人に学ぶ」(新潮新書・\756)
をとりあげた、書評の最後は
「時代が危機に遭遇すると、
日本人はそれぞれが理想の『縄文』を創造して
軌道修正をし、精神のバランスをとってきた。
別の危機がくれば、
また別の『縄文』が創造されれるであろう。
日本人は『縄文』というガス抜き装置の
おかげできびしい今日をしのいでいる。
そのしぶとさこそが、まったくもって
縄文的というべきか。」
買わないけれど、気になる書評をピックアップ。
7月21日、出久根達郎氏の書評。
伊東祐吏著「『大菩薩峠』を都新聞で読む」(論創社・2625円)
をとりあげておりました。そこから一部引用。
「著者は『大菩薩峠』の初出紙に当ってみる。
百年前の大正二年から十年まで都新聞(現・東京新聞)
に連載された(前半の一部)。
作者の介山は同社の記者であった。
当時の時代背景や空気を感じつつ発表紙を読めば、
読後感もまた違うだろうと考えた。
すると思いがけない発見をした。
現在私たちが読んでいる『大菩薩峠』は、
新聞連載時の三分の二に縮められた
ダイジェストであったのだ。・・・・」
9月1日、いとうせいこう評。
塩澤幸登著「雑誌の王様 評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス」(河出書房新社・\3150)。
をとりあげておりました。そこから少し。
「評者である私も、
実は雑誌編集から仕事を始めた。
先輩に
『雑多な情報をうまくまとめるから雑誌なんだ』
とよく教えられた。
だからなのか、本書を読みながら、
先輩編集者から教えを乞うような気分が続いた。
楽しく味わい深い時間だった。・・・」
9月8日、隈研吾評。
上田篤著「縄文人に学ぶ」(新潮新書・\756)
をとりあげた、書評の最後は
「時代が危機に遭遇すると、
日本人はそれぞれが理想の『縄文』を創造して
軌道修正をし、精神のバランスをとってきた。
別の危機がくれば、
また別の『縄文』が創造されれるであろう。
日本人は『縄文』というガス抜き装置の
おかげできびしい今日をしのいでいる。
そのしぶとさこそが、まったくもって
縄文的というべきか。」