平川祐弘著「謡曲の詩と西洋の詩」(朝日選書)
をパラリとひらく。そこにこんな箇所。
「・・・ダンテの『神曲』の翻訳をした際、
地獄篇、煉獄篇と訳を進めてゆくうちに
私がかすかに感じはじめたことがあった。
それは『神曲』の一曲一曲の構造が
謡曲の構造と似通っている、という点であった。
いま両者の共通点をまず登場人物という点から
整理しよう。謡曲ではワキとして坊様や旅人が
あらわれ、亡霊であるところのシテに会う。
謡曲の世界では、道行で歌われるように、
ワキの僧やワキヅレは現世で旅をして、
途中で夢を見たのか作中の主人公である
あの世のシテの亡霊と出会うのである。
いまそのシチュエーションを『神曲』の
上へ引きうつしてみる。『神曲』では
作中人物としてのダンテがワキにあたり、
ワキヅレにあたるウェルギリウスとともに
あの世で道行というか旅をする。(この彼岸の旅は
ダンテの夢visionと考えてもよい。)
そしてあの世で出会う人は、地獄であれ煉獄であれ、
死者の霊である。その死者の亡霊は・・・・
ある者はたけだけしく進み出て名を名乗り、
ダンテに向って心中に積り積った思いのたけを
述べ、怨念を洩す。その語りの内容は、
あるいは生前の身の上や末期の苦しみであり、
あるいは死後の自分の境涯などである。・・」
(p22~23)
うん。この本をきちんと読まなきゃ(笑)。
そして、平川祐弘訳『神曲』へ
すんなりと、つながりますように。
をパラリとひらく。そこにこんな箇所。
「・・・ダンテの『神曲』の翻訳をした際、
地獄篇、煉獄篇と訳を進めてゆくうちに
私がかすかに感じはじめたことがあった。
それは『神曲』の一曲一曲の構造が
謡曲の構造と似通っている、という点であった。
いま両者の共通点をまず登場人物という点から
整理しよう。謡曲ではワキとして坊様や旅人が
あらわれ、亡霊であるところのシテに会う。
謡曲の世界では、道行で歌われるように、
ワキの僧やワキヅレは現世で旅をして、
途中で夢を見たのか作中の主人公である
あの世のシテの亡霊と出会うのである。
いまそのシチュエーションを『神曲』の
上へ引きうつしてみる。『神曲』では
作中人物としてのダンテがワキにあたり、
ワキヅレにあたるウェルギリウスとともに
あの世で道行というか旅をする。(この彼岸の旅は
ダンテの夢visionと考えてもよい。)
そしてあの世で出会う人は、地獄であれ煉獄であれ、
死者の霊である。その死者の亡霊は・・・・
ある者はたけだけしく進み出て名を名乗り、
ダンテに向って心中に積り積った思いのたけを
述べ、怨念を洩す。その語りの内容は、
あるいは生前の身の上や末期の苦しみであり、
あるいは死後の自分の境涯などである。・・」
(p22~23)
うん。この本をきちんと読まなきゃ(笑)。
そして、平川祐弘訳『神曲』へ
すんなりと、つながりますように。