和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ロイヤル・タイラーさん。

2014-11-15 | 他生の縁
ドナルド・キーン著「わたしの日本語修行」(白水社)。
そこに、「教え子の思い出を聞かせてください。」
という質問に、キーン氏が答えており印象に残ります。

「一番に思い出されるのは、
ロイヤル・タイラーさんのことです。・・
タイラーさんは、わたしが56年間コロンビア大学
で教えた中でも最も優れた学生ですが、別の意味で
も忘れがたい印象を残しています。ある日突然、
彼はあらゆる過去のこと、自分の祖先や家族が
嫌になったのです。彼はニューヨークを離れ、
ニューメキシコの50人ほどしか人の住んでいない
砂漠の村で生活を始めました。使われなくなった
古い列車の車両の中で、奥さんと二人で暮らし
始めたのです。25歳ぐらいだったでしょうか。
彼はわたしにすさまじい手紙を寄こしました。
『お前は学問をすばらしいものだと思っている
ようだが、我々はそうは思わない』というような
調子です。びっくりしたでしょう。本当のことです。
そして彼はどこかの工場で働いたり、ガソリンスタンド
で働いたりして、『これが本当の生活だ』などと
言い出しました。自分の祖先や学問の伝統を否定した
のです。わたしは何度も彼に手紙を書きました。
どんなにひどい手紙が来ても、わたしは彼に
『帰ってきてください、帰ってきてください』と
言い続けました。タイラーさんは、まだ博士論文を
書いていませんでしたが、その資格は十分にあり
ました。そして、やっとのことで、彼は少しずつ
心を開くようになったのです。わたしはかろうじて
彼を説得し、あの『謡曲二十選』の共著者として、
ニューヨークに戻ってもらいました。彼は『松風』
とか『江口』といった幽玄の能を読んで感動しました。
そうして、だんだんわたしの世界に再び近づいて
きてくれたのです。今、彼はわたしの教え子の中で
最もたくさん手紙をくれます。」(p299~230)
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