和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

夏彦の震災。

2015-02-20 | 地震
山本夏彦対談集
「浮き世のことは笑うよりほかなし」(講談社)
をパラパラとめくった時に
思ったのは、関東大震災のことでした。
対談相手に、夏彦さんは聞きます。

たとえば、大熊喜英さんとの対談で、

山本】 つかぬことをうかがいますが、
大熊さんは地震はこわいですか。

大熊】 関東大震災に遭っていますから、
こわくないですね。・・・・

山本】 へえ、嬉しいですね。
震災に遭った人はひどくこわがる人と
こわがらない人に分かれますね。 (p44)

清水幾太郎氏との対談の題名は
『誰も聞いてくれない地震の話』でした。
ここには、夏彦さんの震災体験の箇所引用。


山本】 私は小学校二年でした。生れは根岸
ですが、本郷曙町三番地はの三号という所へ
新築してまもない頃でした。
清水】 曙町というと東洋大学の前あたりですね。
山本】 はい。
清水】 すると被害はありませんね。
山本】 あのときは学校から歩いて帰る途中でした。
電車通りの真中を歩いていると、両側の菓子屋の
ガラスのケースからお菓子がポンポン飛んでくる。
両方から何か飛んでくるなあと思いながら、
子供なんて仕様がないもので、平気で帰って
きたんです。家の外で父が迎えに出ているので、
どうしてだろうって、このときはじめてこわく
なりました。家にはいると激しい余震です。
そのとき小学校六年ぐらいの兄貴が半狂乱に
なっているんです。ざあーっと瓦が降ってくる
下で、柿の木の回りをぐるぐる回って、
あらぬことを口走っている。・・・・
余震がこわいので、それから二、三日家の
なかでは寝られなくて、子供たちはみな庭の
砂場で寝ました。月夜が続いて星を仰いで
眠りました。ですから私の地震経験は
経験とはいえません。地震の体験は年齢と場所
に関係がありましょう。まだ幼く、また
往来で出あったせいでしょう。
ほとんどこわくありませんでした。

清水】 私の家内は東京府下の大島におりました。
錦糸町のすこし先の方です。工場の横の道を
歩いているときにあっている。こわかったろう
けれど、家もつぶれもせず、焼けもしなかったせいか、
私と家内で地震の話をするとひどく食い違うんです。
(p57~58)

対談での清水幾太郎さんの震災体験談は
清水さんの文章とはだいぶおもむきが違い、
自然な臨場感がありますが、
ここではカット。
それは読んでのお楽しみ(笑)。
コメント
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