Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

無法者たち

2022年04月01日 06時30分25秒 | Weblog
東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.13 《ローエングリン》(演奏会形式/字幕付)

 3年ぶりの東京春音楽祭・ワーグナーシリーズの1回目の公演は無事終了。
 キャストのうち2人は当初から変更後の代役だが、なかなかの出来栄えで感心する。 
 タイトルロールのヴィンセント・ヴォルフシュタイナーは、見た目も声の質も重厚で、クラウス・フロリアン・フォークトとは正反対という印象である(指揮者のヤノフスキさんは重厚派がお好きなのだろうか?)。
 さて、ストーリーは裁判を巡るお話なので、法曹関係者が観れば突っ込みどころ満載である。
 一番奇妙なのは、フリードリヒ&オルトル―トの無法者コンビが、自分らの企みを実現する手段として、ひたすら裁判を利用しようとするところである。
 フリードリヒは、エルザを弟殺しの罪で告発する。
 検察官は登場しないので、古代ローマと同様に私人訴追制が採用されているようだ。
 フリードリヒがキケロのように弾劾を始めるかと思いきや、そのようにはならない。
 この被疑事実についてはオルトルートという目撃証人がいるのだが、フリードリヒはなぜかこう述べる。

 「彼女を咎めるについては確かな証拠があります。神を畏れぬエルザの行いには信頼のおける証しがありました。だが、みなの疑念を晴らすのに証人を通じたりすること、それにはまこと私の気位が許しません。」(オペラ対訳ライブラリー ワーグナー ローエングリン 高辻知義 訳 p25)

 すると、みなが「神明裁判を!」と叫び出し、フリードリヒと白鳥の騎士との決闘に至る。
 これは、証拠裁判主義の放棄にほかならない。
 裁判官である王としては、申立てを却下し、証拠に基づく事実認定を行うべきところだろう。
 また、決闘に敗れた後、フリードリヒは白鳥の騎士の氏素性を問題にし始めるが、これもおかしい。
 白鳥の騎士(ローエングリン)はエルザの代理人と思われるが、そうであれば、そもそも代理人の氏素性など問題とはならないはずである(民法入門26 「代理人って誰でもいいんですか?」)。
 仮に、代理人となるために何らかの条件があるというのであれば、人定質問などを行い、その後で決闘を始めるというのが常識的だろう。
 ・・・こんな風に、いろいろと突っ込みたくなるわけだ。
 
コメント
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