竹内まりや「Quiet Life (30th Anniversary Edition) 」開封動画
「バブル期まっただ中に作っていたこのアルバムのテーマを、あえて「静かな生活Quiet Life」にしたのは、その頃私自身が世の中に対して感じていた違和感へのささやかなアンチテーゼであったと同時に、浮かれ騒ぐ風潮に巻き込まれることなく、ごく普通の穏やかな生活を営みながら音楽を作り続ける自分でいたい、という姿勢の表明でもありました。」
Quiet Life がリリースされたのは1992年、バブル末期である。
竹内まりやさんは、その頃の「浮かれ騒ぐ風潮」に違和感を感じていたというが、30年経ってみて、その正体が明らかとなった。
冒頭の曲は、「家(うち)に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)で、当時のドラマ「木曜日の食卓」の主題歌である。
騒がしい街を逃れて静かな「家」で過ごそうというのが、バブルへの抵抗手段の一つであった。
だが、バブルの名の下に進行していたのは、「新階級社会」、分かりやすく言うと、「家を持てる正社員」と「家を持てない非正規社員」との階層分化だったのであり、別名「自己犠牲強要競争」だったわけである。
今や多くの若年・中年層が、「マイ・スイート・ホーム」という逃避の場所すら失っているという、惨憺たる状況である。
・・・そういえば、リリースの約一週間前に、「木曜日の食卓」で”二世帯家族”(なんと昭和的な言葉!)の家長を演じていた古谷一行さんが亡くなっていた。
「バブル期まっただ中に作っていたこのアルバムのテーマを、あえて「静かな生活Quiet Life」にしたのは、その頃私自身が世の中に対して感じていた違和感へのささやかなアンチテーゼであったと同時に、浮かれ騒ぐ風潮に巻き込まれることなく、ごく普通の穏やかな生活を営みながら音楽を作り続ける自分でいたい、という姿勢の表明でもありました。」
Quiet Life がリリースされたのは1992年、バブル末期である。
竹内まりやさんは、その頃の「浮かれ騒ぐ風潮」に違和感を感じていたというが、30年経ってみて、その正体が明らかとなった。
冒頭の曲は、「家(うち)に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)で、当時のドラマ「木曜日の食卓」の主題歌である。
騒がしい街を逃れて静かな「家」で過ごそうというのが、バブルへの抵抗手段の一つであった。
だが、バブルの名の下に進行していたのは、「新階級社会」、分かりやすく言うと、「家を持てる正社員」と「家を持てない非正規社員」との階層分化だったのであり、別名「自己犠牲強要競争」だったわけである。
今や多くの若年・中年層が、「マイ・スイート・ホーム」という逃避の場所すら失っているという、惨憺たる状況である。
・・・そういえば、リリースの約一週間前に、「木曜日の食卓」で”二世帯家族”(なんと昭和的な言葉!)の家長を演じていた古谷一行さんが亡くなっていた。
二世帯家族などという、サザエさん的な世界は、もはやドラマかアニメの中にしか存在しないようだ。
古谷さんに合掌。
古谷さんに合掌。