Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

12月のポトラッチ・カウント(5)

2024年12月25日 06時30分00秒 | Weblog
曾根崎心中(そねざきしんじゅう)
 生玉社前の段
 天満屋の段
 天神森の段
 

 第三部は「曾根崎心中」の通しで、野澤松之輔氏の脚色・作曲(ファンでなくとも一度はお参りしたい人間国宝のお墓~野澤松之輔編)。
 原作のコアな部分を活かしつつ、残虐なシーンなどはカットしてマイルドにした、なかなか良い脚色である。
 初心者や外国人を主な対象としていた3月の「BUNRAKU 1st SESSION」も野澤版だが、こちらはなぜか最後の残虐なシーンが長かった。
 既に3月に「天神森の段」を見ているので(3月のポトラッチ・カウント(2))、ポトラッチ・ポイントは10.0(★★★★★★★★★★)で確定なのだが、児玉竜一先生の解説が素晴らしい。

 「九平次は、徳兵衛の金を借りる時点から完全犯罪を企んでいます。判を落としたと称して届けを出す。そのころ徳兵衛は金策に駆け回っていますから、知るよしもありません。念のためといって借用書を作るにあたって、どう巧く言い回したのか、文言を徳兵衛に書かせたのが罠の急所です。」(パンフレットp58)
 
 そのとおり。
 借用書が九平次本人の筆跡であれば、この物語は成立しないのである。
 あと、私が個人的に感心したのは、徳兵衛の「恥」(=帰属集団内における地位の低下・喪失)が増大していく過程を描いた天満屋での場面と、そこで垣間見える天満屋の亭主の処世術。

 「衆人環視の中で、徳兵衛を裾に隠して床下へ忍ばせるお初の大胆な行動力。そこへ、人もこそあれ九平次一行が来るので、以降のお初の言葉はすべて、座敷の九平次と床下の徳兵衛の双方に聞かせるものとなり、観客はその双方を同時に見ることになります。徳兵衛の悪口たらたらの九平次と、床下でじっとこらえる徳兵衛。九平次に話を合わせず適当に奥へ引っ込む、亭主の処世術も世慣れたものがあります。」(p59)

 確かに、その場に居ない人の悪口が始まると、良心的な人は話を合わせず、その場を離れるテクニックを使うことが多い。
 さて、通しで観てみると、心中を主導していたのは実はお初であったことが良く分かる。
 何しろ、最初の「生玉社前の段」の時点で、
 「逢ふに逢はれぬその時はこの世ばかりの約束か、死ぬるを高の死出の山、三途の川は堰く人も堰かるゝ人もござんすまい。」(p43)
と死を仄めかしている。
 上に挙げた天満屋のやり取りでも、
 「情が結句の身の仇で騙されさんしたものなれど、証拠なければ理も立たず、この上は徳様も死なねばならぬ品なるが、ハテ死ぬる覚悟が聞きたい」(p45)
と裾の下にいる徳兵衛に死を促す。
 近松が述べたとおり、お初は、汚れた現世から徳兵衛を浄土に導く「観音様」として位置づけられていたのである。

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