パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

秋だから読んでみた、「憲法改正」の真実

2016年10月04日 08時25分07秒 | 

蒸し暑いが、体内エアコンを作動させなくても
良いような日になってきた(今日は夏日になる予報だが)
その分、本を読む気になれている

最近Amazonで購入したのは3冊、
「愛国と信仰の構造」全体主義はよみがえるのか  中島岳志 島薗進
「 善と悪の経済学」トーマス・セドラチェク
そして、「憲法改正」の真実 樋口陽一 小林節

この本は面白かった(参考になるところ、考えさせられるところがたくさんあった)
何ごとも極論同士がディベートする方が争点がはっきりして分かり易いが
この本は安倍さんや日本会議が進めようとする方向を否定する立場の本だ

小林節氏は田原市の講演会(だったかな)に来られたときに拝見、傍聴したが
にじみ出る江戸っ子気質の喧嘩っ早い雰囲気がそのままで、あの地域出身の人は
こういうタイプの人が多いのかな、、などと思ったした(妙にそれだけは覚えてる  内容は、、、)

ところがこの本はそんな感情的は面は見られず、さすが憲法学者
一般市民にもわかりやすい話をしている
もちろん樋口陽一氏も同様だ(自分はこの人は知らなかったが)

すこし前に自民党の改憲草案をサラッと見た
また日本会議のHPも覗いてみた
そこで感じた違和感 それは次の様な単語の使用による
「和を尊び」「美しい」「良き伝統」

17条の憲法じゃあるまいし、わざわざ「和」なんて言葉が今の時代に
しかも法律的な文言の中に使われるなどとは(そんなことはわざわざ言われたくない)
美しいなんて主観的・情緒的なことばの使用も首を傾げざるを得ない
「良き伝統」とはなんのこと  江戸時代も過ごしている日本
その時代も良き伝統として認めているのかな、、(きっと江戸時代は否定している あの人たちは)

これは単に個人的な印象だが、この本では自民党草案のひとつひとつに
正確な憲法解釈上のツッコミを入れている
その中には自分の感じた違和感を説明するような部分もあった

ところで草案にある「個人」から「人」という言葉の変更
このたった一文字の変更の意味するところ
そしてその考えを遂行しようとする人たちの考える事とは
憲法が「主権者である国民が権力を制限するため」に存在するとあるのを
「国が国民を縛るような」趣になっている

これらを説明する時に有名なケネディーの演説
国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、
あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」
これを好き勝手に活用利用している

国があって個人があるのか 個人があって国があるのか
その答えのない問題を徹底的に自分の心のなかで吟味することなく
あっさりと現在の社会情勢のみの判断で性急に変えようとする傾向
これがどんな世界を導くかを想像すると恐ろしい話だ

この本の最後の方に竹越興三郎という方の言葉が数か所紹介されている
明治の方だが、今の政治家とのポテンシャルの違いを如実に感じる
そのなかから少しだけ抜き出すと

「然るに世には国家の事といへば、之を非難せざることを以て、愛国心
とするものあり。奸雄またこれに乗じて、その私をなさんとするものあるは
最も恐るべきことなり」

国家を非難しないことを愛国心と呼び。こうした無批判の状態に乗じて
利益を得ようとする者がいることが怖ろしいことなのだ。(現代文意味)

樋口:ほっておくと権力というものは「愛国心」や「忠義」を上から押し付けてきますよ
とこの著者は言っています。しかもその強制によって何を狙っているのか。
誰がそこに乗じようとしているか。そこに注目しなければなりません

ここからが、すごい
「憲法公布せされ、議会開かれて以来、政府が人民を壓制することは、漸次減少し来たりたれども
之と共に、大壓制家を生じ来たれり。即ち我々の隣人是なり。この隣人は憲法の下に於いて、
完全なる自由を亨けながら、他人が己と異なりたる議論を懐くものを見るや、之を攻撃するに止まらず
之を讒毀し、之を讒毀するに止まらず、何故に政府はこの如き邪説を認容するかと論じ、国歌の手を借りて
己の反対論を抑制せんとするに至る」

愛国心の押しつけ、安倍さんを批判したらネット上で大炎上、それどころかテレビ局に対する圧力
それらを何年も前に予想しているかのようだ

この本のいちばん大事なところを紹介できたとは思わないが
どういう立場であれ、この本は多くの人に読まれるべき一冊と思われる
(自分は、もう一回読み返そう!)
 

コメント
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