北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【M-5撮影速報】練習艦隊-令和6年近海練習航海部隊&外洋練習航海部隊江田島出航(2024-03-16)

2024-03-17 20:22:57 | 詳報 陸海空自衛隊関連行事
■練習艦隊江田島出航!
 EF100-400mmIS装着の7Dmark2や最大2400mm望遠のG3Xに比べると今回速報記事を作成した45mmまでのEF-MレンズだけのM-5では厳しかったか。

 江田島の練習艦隊出航、北大路機関では2012年以来撮影を継続できている行事でして、近海練習航海はWeblog北大路機関創設当時から撮影し続けていますから、COVID-19新型コロナウィルス感染症という分断の三年間さえ継続して撮影出来ている唯一の行事といえる。

 練習艦隊江田島出航、今年は北陸新幹線敦賀開業のダイヤ改正日と同日となりまして、新幹線はどうでもいいけれどもブルーインパルスは貴重だ、という事で北陸本線にてダイヤ改正前に乗り込み、ハピネスラインふくいで帰路に就く、そんな行程の方も多かったのか。

 幹部候補生学校の卒業生たち。ブルーインパルスにも少し惹かれたのですが、やはり長いこと撮影出来ている行事ですので、この練習艦隊の江田島出航を撮影しよう、と新幹線にて広島へと向かいました次第です。そして今年は広島市ではなく呉市に泊まってみました。

 令和6年近海練習航海、外洋練習航海、さて今回の艦隊出航では近海練習航海部隊は、第74期一般幹部候補生課程卒業生が乗艦していまして、令和5年度外洋練習航海(飛行)には第76期飛行幹部候補生課程卒業生の方々が乗艦、世界への船出へと歩み進める。

 安全保障情勢は厳しさを増し、呉基地にはF-35B搭載改修を完了した護衛艦かが停泊、国家防衛戦略により自衛隊は従来射程180kmまでの地対艦ミサイルの後継に射程2500km規模の巡航ミサイルを導入、一般幹部候補生課程修了者たちの未来は、さてさてどうなるか。

 かしま、さわぎり、うらが、むらさめ。練習艦隊出航の陣容はこうした通りでして、しかしこの数年、好事家を載せたチャーター舟が艦隊出航の目の前に居座りまた横切るなどの、海上衝突予防法すれすれの事案が多く、艦隊は各艦の間隔をあけて航行していたもよう。

 単縦陣で航行する艦隊、この数年間、先頭を往く旗艦の練習艦かしま、チャーター舟の異常接近で急制動など、これは小舟とはいえ船乗りなのだからシーマンシップをだなあ、とおもう事が連続し、艦隊が急制動に備え間隔をあけてしまい、単縦陣もむずかしくなった。

 総監部の街である呉、愉しかったですね、12年ぶりに有名な居酒屋さんにも行けましたし、そして深夜のBAR散策、呉はお客さんが良いのか、その街の水準はBARにあらわれると考えています。もう一つの指標は古書店だが、最近は減って指標には難しくなっていますね。

 呉市から江田島までは、タクシーで移動すると距離がとんでもないことになりますので、呉港から小用港まではフェリーで移動し、そこから路線バスを乗り継いでいつもの高田港へ移動する予定が、これ、“路線バス人情ふれあい旅”などで定番のミスをやってしまう。

 バス停は同じ名前のバス停が離れていて、いや、京都でも北大路堀川のバス停が9系統で12系統でも違うように、江田島でも乗換のバス停が違ったのですよ、しまったと気付いた時にはあとの祭りで次のバスは三時間後、この時間差は京都だとなかなかきかないもの。

 舞鶴行の高速バスでも次のバスまで三時間待ちというのは。ただ、そのうちなんとか移動しまして撮影位置までたどり着いた、その途中に美味しいものを頂いたりできましたので、撮影位置への展開、広島から一辺倒よりも呉から移動してみるのもよいものだなあ、と。

 江田島撮影、改めて高台から撮影しているのですが、高台まで撮影機材から椅子まで一式備えて登るのは毎年思うのだけれども厳しいなあとおもいつつ、一眼レフにミラーレスとコンデジの写真を後から見返すと、まあまあ登ってよかった、とも思い返すのですよね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【G3X撮影速報】豊川駐屯地創設73周年記念行事【5】特科と普通科訓練展示状況開始(2023-11-03)

2024-03-17 20:00:12 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■FH-70榴弾砲陣地進入
 豊川駐屯地祭の訓練展示状況開始です。第10特科連隊としては最後の駐屯地祭ということもあり気合が入っているようですが気合の入り過ぎで仮設敵が見えない程です。

 FH-70榴弾砲、ウクライナへイタリアが供与したものがより新しいアメリカ製M-777よりも高い生存性を発揮していますが、その背景にはこの短距離自走性能による陣地変換を繰り返す事で生存し、火力戦闘を継続しているとのこと。イタリア軍はFH-70を延命する。

 93式近距離地対空誘導弾通称近SAM、陸上自衛隊ではスイス製L-90高射機関砲の後継として導入しました。91式携帯地対空誘導弾を複合光学射撃統制装置や師団対空情報処理システムと連節し対空戦闘を展開する。射程は5km程度、9両で中隊を構成します。

 L-90ですがメーカーはエリコン社からラインメタル社となり、アヘッド調整破片弾薬の採用でウクライナへ供与されたものが無人機の低空侵攻対処に数発の連射で撃墜する威力を発揮し、ミサイルと異なり欺瞞されず一直線に進むため有用性が再確認されているという。

 UH-1多用途ヘリコプターが仮設敵として参加しています。自衛隊は戦闘ヘリコプターが陳腐化した為に全廃するという政府方針を受けAH-1S,AH-64Dを全廃する最中にありますが、この種の防空装備を突破するべくAH-64Eなどは射程25kmのスパイクNLOSを積む。

 FH-70榴弾砲、いよいよ、第10特科連隊は中部方面特科連隊へ移管されます。基本設計は確かに古いのですが、しかし野砲はこの30年間、特に牽引砲は発達せず弾薬が発達、エクスカリバー誘導砲弾などは射程40kmで必中しますが、この古いFH-70からも射撃可能だ。

 掩砲所に隠されての展開です。今年度の豊川駐屯地祭訓練展示は、機能展示を重視していて、仮設敵は見えず、FH-70榴弾砲は30km先の敵と対砲兵戦を展開しているという設定ですので、ちょっとどの時機で空包射撃を行うのかがわかりにくいのが難点なのでした。

 第49普通科連隊の第5中隊より対戦車小隊が訓練展示へ展開します。自衛隊では小銃班にカールグスタフ、小銃小隊に01式軽対戦車誘導弾、中隊に87式対戦車誘導弾か中距離多目的誘導弾を装備していますが、これ、NATOと比べてもかなりの密度であると知った。

 87式対戦車誘導弾、川崎重工製で79式対舟艇対戦車誘導弾に続いて配備され、79式が射程4kmと長いものの有線誘導で在ったのに対して、87式はレーザー誘導方式を採用、射程は2kmでミラン対戦車ミサイルなどを比較の上で自衛隊へ採用が決定したというもの。

 レーザー照準器と発射器を構える。優れた装備なのですが流石に射程2kmというのは2020年代の対戦車装備としては難しく、射程を延ばすためのロケットモーターの近代化やタンデム弾頭への変更など改良型を開発すべきだった、ともおもうのですが、現在も性能はそのまま。

 カールグスタフでT-90戦車が撃破されたというロシアウクライナ戦争の戦況報告を見て、なるほどそんなものなのか、と知るまでは少々心配していました。輸出型のように、性能を向上させないと採用されない、という現状では近代化改修の圧力は薄いのかもしれない。

 L-16迫撃砲、イギリス製の81mm迫撃砲を名古屋の豊和工業がライセンス生産したもので自衛隊採用の少し後に米軍も採用、前型の64式迫撃砲は射程は1.8kmだったのですがこのL-16の射程は5.6kmと大幅に延伸していて、普通科中隊の迫撃砲小隊に装備されています。

 120mmRT重迫撃砲、フランス製の迫撃砲をやはり豊和工業がライセンス生産したもの。射程は通常弾で8.1kmあり射程延伸弾では13kmという。フランス軍では砲兵隊が使用、特科部隊が大幅に削減された普通科部隊は自らこうした重火力を整備し対応しています。

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【京都幕間旅情】榛名さんの総監部グルメ日誌:京都-西本願寺門前,44年ぶりの飛雲閣冬公開と豪快に鰻柳川

2024-03-17 18:10:00 | グルメ
榛名さんの総監部グルメ日誌
 陽雲鶴という出来損ないの架空戦記に出てくる空母みたいな名前しかこのPCでは変換されない程に貴重なというよりなかなか見られない文化財がある。

 貴重な風景というものは実のところ身近なところにあるものでして、錚々言えばここはその数年前には、とどうしても思い出せない場所にしかし実のところ思い出の重要な部分の糸口に至る片りんがあったりするもの。日常こそ至高の思い出なのですね。

 飛雲閣、西本願寺の非公開文化財が先日まで一般公開されまして、これ、京都市冬の文化財特別公開での一般公開は44年ぶりという。貴重な機会であったのですが拝観に歩み進めますと思いの外その拝観者が少なく、ここ、めったに見られないのに、と。

 鰻でも食べてゆこう。飛雲閣を眺めましてこう思い立ちますのは西本願寺とは堀川通を挟んだお隣に鰻壽さんという、鰻のお店がありまして勿論少し歩けば色々とある一角なのですけれども、ここは鰻柳川や、予約は必要だけれども鰻すき焼きというのがある。

 豪快、精進落としといこうじゃあないか、と粋を装ってみます。立山とか清酒は色々あるのですが、宝酒造は京都では地酒なのですし、日の高いうちですから気分は一献とかたちだけ。ただ、ごちそう、せっかく鰻なのですから日本酒のお供が無ければねえ。

 注文したものはすぐにやってきました、これは柳川鍋、泥鰌ではなく鰻、いまや鰻は貴重の先にある名物なのですが柳川鍋ですとつかう鰻さんの総量が少なく、つまりお安いのだ。昼時では1300円、ものの二十年前はこの値段で西友ではうな重が頂けたのだが。

 む、うめえ。鬼平犯科帳をちょっと適当に読んでみました際に開いた頁が“深川・千鳥橋”という短編で鰻さん、作中では長焼き、が出てきまして妙にその台詞が印象深かった故のうなぎ屋さんとしてこちらへお邪魔したのですが、ここの柳川も、む、うめえ。

 鰻壽さん、うなじゅさんとよむのですが、実はわたしここ長いことうなとうさん、と濤の文字を読み違えていまして、ここ、京都には幾つかあります穴場的なお店なのかなあ、と思っているのですけれども、予約席は一杯でもまだ来客前で空いていまして。

 滋味という言葉が合う鰻なのですが、ささがきや葱とともに出汁が煮込まれたところに染み出したいろいろなものが、最後にとろりと卵黄に飾られてその出来立ての瞬間に塗した三つ葉の食感とともに、これは合うのですよ、酒にも、ご飯にも、思い出にも。

 すき焼き、とは思うものの予約しているわけではないので鰻柳川を頂きます。一応聞いてみるのは、急なキャンセルなどで食材があった場合は鰻のすき焼きが当日急にテーブルを飾ったりするのですけれども、まあ、そういうことはなかなか巡り合わない。

 柳川、そう鰻柳川、これ、初めて食べたのは今津駐屯地の近く、近江今津駅前の西友さんでしたね、確か湖西線が強風で止まっていたのでそれじゃあ西友で一杯やって気長に待とう、という際、なんだろうこれは、と頂いたもの。泥鰌のかわりに鰻をつかう。

 蒲焼とか焼き上げたもの、蒸すうなぎ料理よりも焼き上げたものが個人的な好みなものですから、煮込むのか、と驚きましたけれども、湖西線が止まるという非常時、いや実は風が吹けば湖西線が止まるというのは京都の風物詩なのですが、食べてみよう、と。

 うなぎにもこんな一面があったのか。これは率直な思いででして、こんな美味しいものがあるならばもう仕事は終えたし、湖西線動かなければこのまま可以登楼とか駅前旅館で一泊して、明日朝一で帰っても良いかな、とおもったところに湖西線が復旧した。

 西本願寺前、もう飛雲閣の特別公開はいつになるかの次回待ちなのですが、門前町にはこういう鰻がいただけるところがあります。こんどはうな重なんてのも食べてみたいところですが、日常の散策の延長線上に、こうした躍動を加えると、それが思い出です。

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【京都幕間旅情】くろしおJR西日本289系特急,北陸新幹線金沢延伸で余剰の特急しらさぎ用683系を改造

2024-03-17 07:00:11 | コラム
■新幹線と在来線特急
 くろしおで楽しく登下校したいだけの人生だった、黒潮みたいな幼馴染が隣にいて欲しかった、ウッ,ククロシオ・・・という黒潮病というものがあるとPIXIVに記載されていましたのでちょっと変えてみた。

 特急くろしお。この特急は当然ダイヤ改正後も和歌山新宮と京都を結ぶ阪紀特急の主力として残るのですが、このところ北陸新幹線の京都延伸が相当先になる為に乗り換えの不便などばかりが気になって、それならば一つ、良い点もあるのだ、という視点を。

 289系電車という、余剰となった特急しらさぎ用683系電車を直流区間用に改造したものが特急くろしお用に用いられていまして、こうのとり、はしだて、きのさき、などでも活躍しています。しらさぎ号、余剰となったものなのですね。その背景に北陸新幹線がある。

 オーシャンアローなど和歌山方面への特急は一時最新鋭車両が導入されかけたものの、福知山線事故後の安全強化整備や、JR西日本の路線長では大半を占める赤字路線等の問題で新型特急がなかなか導入できず車両の老朽化に悩まされていたという事情がありました。

 北陸新幹線金沢延長、転機となったのは在来線特急はくたか廃止などで681系電車や683系電車が余剰となり、これらが老朽特急の代替に充当されたことです。似たようなことは1964年の東海道新幹線開通に伴う151系電車や181系電車の余剰にもあてはまります。

 こだま号といえば昔は東海道本線特急で、その日の内に東京から大阪に行って数時間用事を済ませてその日の内に東京に戻れるため、こだまのように、と命名されたもの。当時は2往復が運行、驚くなかれ今の在来線で横浜から名古屋まで、こだま号はノンストップだ。

 京都から北陸までの北陸新幹線未成区間、できれば、いま概ねの路線経路は決定しているものの具体的区間が画定しない敦賀から新大阪までの経路を決定し、乗り換えなしで移動できるようになってほしい、けれどもその前に余剰となる車両が他の線区を良くするのだ。

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