日曜日の夜教育テレビで鶴見俊輔さんが語る番組をやっていた。
京都の小さな出版社sureからその番組の通知をもらっていたのだが、他の番組を見ていて忘れていたが、11時前になって見た。
そのあとまだ30分以上放送はあったのだが、最後に鶴見さんがホワイトヘッドの言葉としてExactness is a fake. という言葉を紹介していた。
鶴見さんは「厳密さ(精密さ)は人のつくりものである」というふうに言っていた。ホワイトヘッドはラッセルと共著でプリンキア・マセマチカを著した数学者で哲学者である。そういう人が晩年の講演の最後に一言そういう言葉を残して演壇を降りたという。
鶴見さんにはその最後の言葉は聞き取れなかったらしく、その講演録のコピーをわざわざとり寄せて読んだらしい。ホワイトヘッドがこの文で何を表現しようとしたのかそれは分からないが、いろいろに解釈が可能であろう。
朝永振一郎はドイツのライプチッヒのハイゼンベルクのところに留学していたときに彼から「場の量子論は数学的な基礎がまだ十分ではないから厳密さにあまりこだわるな」というようなことを言われたと述べていたと思う。
70年以上前と現在とは場の量子論の数学的基礎も異なって来ているとは思うが、それでも場の量子論の基礎が完全に固まって疑問の余地がないとまではいっていないのではないか。
私はそういうことにも統計力学の数学的基礎にも詳しくないが、統計力学もそういう数学的基礎はまだはっきりとしてはいないのではないか。
くりこみ理論の基礎にもそういうことがあるのではないか。でもだからといってそれらの理論がまったく無意味ということではなかろう。そこらへんが居心地が悪いのだが、意味があるのだという直観のほうを信じたいと思っている。