旧知のとはいってもまだ一度も直接にはお会いしたことはない、Johさん(物理のかぎしっぽ)の力学の本が出て、それを送ってもらって昨日受け取った。
プレデアス出版のシリーズ『楽しく考える物理シリーズ』の第1巻である。これから第2巻「熱力学」、第3巻「振動・波動」、第4巻「電磁気学」が順次出版されるらしい。期待するところ大である。
第1巻の「力学」であるが、昨日届いたばかりであるので、まだ十分に読む時間がないが、気のついたところをいくつか述べておこう。いずれはJohさんに感想を書くときのメモのつもりである。
まず、このシリーズの特徴になるのだろうが、説明の文章が多い。それで式はあまり多くはない。ある程度訓練された人には数式の方が却ってわかりやすいのだがとJohさんも書かれており、そのとおりなのだが、あえて文章が多くて式は少ない。
だから、説明が詳しいのはこの書の特色といっていいだろう。ところどころに図や絵が入っており、それはそれほど多くはないが、息抜きになる。この書をみて、朝永振一郎編の「物理学読本」(みすず書房)を想起した。
もっとも「読本」の方は説明がこの書ほどは稠密ではなかったと思うし、数式を避けるために式の文字を使わずに式の中で普通の言葉を使っているために却って読みにくいと感じたが、この力学は式を堂々と使っており、その点の読み難さはない。
図で感心したのはp.109のコリオリ力の説明で大砲を撃つとその砲弾が右側にずれるということを図で説明があり、これは直観的でとてもよい。
他にも大砲の弾丸の速さを増していけば、地球を回るようになるとの図もある。もっともこの説明が「大砲の威力を増していけば、・・・」とあり、「威力とは何だ」とひっかかりたくなる。折があれば表現を修正したほうがいい。
これは科学史の本ではないが、物理での考えの変遷についてかなり詳しく書かれている。そこらあたりはそれを面白いと思うか、それともうっとうしいと思うかは両方の反応があろう。
このごろの高校生は文章を読むことが一般的に苦手だといわれているので、この書が成功するか不成功かは結果を知りたいものだ。
遠心力は「みかけの力」だという言い方はよくないとあり、私も同意見である。フーコー振子が地球の自転を実験室的に示したことには触れてあるが、もっと地球の自転を実験室的に証明した実験として大々的に触れる方がよかったのではないか。
ベクトルが文字の上に矢印の表記は頂けない。これは多分に高校生に取り付きやすいようにとの配慮からだと思うが、私などはベクトル記号には太文字をどしどし使うべきだと考えている。
また、カオスは因果律(普通の微分方程式)にしたがっているので、「解が予想できない」とは思わない。これは全く古典的のものであるから、量子力学のSchroedinger方程式のようなstochasticのものではないと思う。
p.140に正しく述べられているように、初期値に解が敏感に依存するということが本質であると思う。ちょっとその辺の説明の言葉が誤解を招く可能性があるので、表現に注意して欲しい。
昔、山口昌哉先生の集中講義を聞いたときに古典的な因果律にしたがった方程式なのに一見するとstochasticな現象を呈するのだというのが特色だといわれたと思う。
ともかく今までなかった新しい試みの本だと思う。成功を節に祈っている。
以下は感想ではなく、私の独り言である。
chaoticな現象から逆に量子論的な現象、たとえば光をピンホールから出したときに少し離れたフィルム上に円形の明暗の光の干渉模様ができるというのと、同じようなことを力学系で再現させる人が現れるのではないかと密かに思ったものだが、いままでのところ、そういう力学系をつくって見せてくれた人はいない。
この光の回折のパターンをつくる実験だと明暗の円形の輪ができるのは長い時間をかけてフィルムを光に露出しなくてはならない。
フィルムの代わりに蛍光板を置くと、瞬間的にはあちらの点が光でぽっと蛍光を発して明るくなり、こちらの点でぽっと明るくなりして、それぞれの明るくなる点はまったく脈絡がないように思えるが、蛍光板の代わりのフィルムを置いておくとそのフィルム上には長時間が経つとそれらが全体として光の回折のリングが現れる。
そういう風なことをなかなか力学系で再現するのは難しそうだから、今までのところはそんな数値実験に成功したという報告を聞いてはいないが、将来的にはそんなことに成功する人が出てきてもおかしくはないと思っている。
もっともそれに成功したとしても、量子力学をその力学系で置き換えることができるなどとは簡単にいえないだろうが、そういうことがひょっとしてできるのではないかと密かに考えたことがある研究者は多分私一人ではあるまい。
(2011.8.10 付記) 上に書いたことを読み返してちょっといい足りなかったことを注としておく。
量子力学のSchroedinger方程式も微分方程式であるが、この方程式は状態の観測が行われない限り、状態はこの方程式で変化していく。だから、そういう意味では状態の観測が行われない限り、因果法則に量子力学もしたがっている。(量子力学の第1法則)
だが、状態の観測が行われるとき、そのときの状態の時間的変化はSchroedinger方程式にしたがず、突然の変化が起き、それまで固有値状態の重ね合わせで表されていたのが、そのいずれかの一つの固有状態になる(状態の収縮)。
だが、状態の観測の結果として、まったくどの固有状態になるかの情報がないわけではない。
観測前の状態はいくつかの固有状態の重ね合わせであり、観測をしたときに、それらの固有値の状態のいずれになるのかの確率はわかる。その確率は、その固有状態の前のフーリエ係数の絶対値の2乗に比例する。(量子力学の第2法則)
この第2の点に量子力学のstochasticな性質がある。
こういう量子力学の構造を納得できないと感じる人はいるのだが、それでも作業仮説的に上の二つ法則を量子力学がもっていることは誰もが認めていると思う。