岩波新書『岩波新書で「戦後」をよむ』(2015)の「死の灰」の項p.15-16にちょっとどきっとするようなコメントが成田龍一さんからされている。
武谷自身は原子力発電の推進派なんですね。たとえばその本の中には次のような文章があります。
(引用はじめ)
原子力はまだ人類の味方ではなく、恐ろしい敵なのである。・・・現代はいまだに原水爆時代であって原子力時代ではない。
(引用おわり)
将来的には原子力を利用することが可能であり、必要である---原子力を人類の敵ではなく、人類の味方にしなければならないという認識が、武谷の根底にあります。(以下略)
さて、このことを皆さんはどうお考えでしょうか。もう少し詳しい説明を成田さんはしているが、納得できるものかどうか、各自で読んでみて下さい。言葉尻をとらえて原子力云々の議論をするのではなくて深く人類のこれからある長い歴史を考えることができるのかどうかそれがキーとなるのでしょう。
ここに挙げた文章だけを読んだら、武谷三男は怪しからん奴と思われる方もおありでしょうけれども。
武谷自身は原子力発電の推進派なんですね。たとえばその本の中には次のような文章があります。
(引用はじめ)
原子力はまだ人類の味方ではなく、恐ろしい敵なのである。・・・現代はいまだに原水爆時代であって原子力時代ではない。
(引用おわり)
将来的には原子力を利用することが可能であり、必要である---原子力を人類の敵ではなく、人類の味方にしなければならないという認識が、武谷の根底にあります。(以下略)
さて、このことを皆さんはどうお考えでしょうか。もう少し詳しい説明を成田さんはしているが、納得できるものかどうか、各自で読んでみて下さい。言葉尻をとらえて原子力云々の議論をするのではなくて深く人類のこれからある長い歴史を考えることができるのかどうかそれがキーとなるのでしょう。
ここに挙げた文章だけを読んだら、武谷三男は怪しからん奴と思われる方もおありでしょうけれども。