すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

場をつくりあげる風

2015年01月04日 | 読書
 【2015読了】3冊目 ★★★
 『ぼくの住まい論』(内田樹 新潮文庫)


 瓦師の山田さんのことを書いているなかに,こんな表現がある。
 ◇「どこをきっても山田修二」という確たる自信が出発点にある

 写真家として活躍されている最中に淡路島へ移住し,見習い瓦工から始め,その後独立した山田さんを,著者はそう評した。
 していることは全く違うにせよ,著者にも同じことが言えるようだなという感想を改めて持つ本である。つまり「どこをきっても内田樹」であると。

 自分の家を建てるという人生の大事業?に対する構えから,この著は始まる。
 そもそも,土地私有論に懐疑的な著者が「自分の道場を持ちたい」という一念から発起するわけだが,そのイメージは「みんなの道場」「みんなの家」づくりなのである。
 そこから「土地」「建築」「林業」「左官」等々,様々な段階において著者が日頃から主張していること,そして見事なまでの「人」との出会いが描かれていく。

 家づくりは,一つの消費活動に違いない。
 その意味で昨日ブログに記した「消費」の教育に関わって,ひどく重要なことが記されている。
 ◇おのれの行動がもたらす長期的な社会的影響をまったく考えにいれずに,短期的に最も交換比率のよい買い物をするのは,未熟な消費者です

 建築のための材料探しを経て,職人の価値観に触れながら,改めてグローバル化のリスクについても強調している。
 ◇グローバルな分業化とは全く逆の価値観で動いています。できるだけ多くの工程をひとりでこなそうとしている。「システム」に対する依存度が低い。


 後半は,「道場」を核として展開していく暮らしや活動に触れながら,教育論・経済論が述べられている。
 それらは繰り返し書かれていることも多いが,「凱風館」と名づけた道場にまつわる具体例が明確なので,また説得力がある。
 ◇学校というのは「母港」なんだと思います。教師は灯台守りです。

 そうありたいと願う教師は多いはずである。
 しかし私たちは,実のところ次のシンプルな言葉にしっかり向き合える日常を創り出せているだろうか。
 ◇苗木を育てるように,陽光を入れ,たっぷり水をやり,開花を気長に待つ。

 それを狭めたり,拒んだりするものの存在を,どこに認めているか…身の内,身の周りに目を凝らすことから始めよう。