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桜と絵本と豆乳と

封じ込められなかった日々

2015年01月20日 | 雑記帳
 小学校の学級卒業文集を読んだら、その隣にあった中学の文集も読まねばなるまい。ということはないのだが、手が出るのは自然だろう。あれほど酷かった文章力は、中学3年でどれほど上達したものか。それから、その時代の風はどんなふうに流れたのか、興味が湧いてくる。学年の卒業文集「馬音川」を開いた。


 いやあ、残念というか当然と言おうか、平凡な伸びしか示していない。自分は「『勇気』について考える」と題したやたらと肩に力の入った文章を書いていた。学習雑誌の「読者の広場」欄の意見に触発されて愚にもつかぬ論を展開している。なあんだ、今と同じか…ぐっと寂しい気持ちになったが、それもまた人生だ(笑)。


 さて他の奴らはどんなことを書いているのか。同じ組のS子が「先生とわたしたち」と題して、教師の「ムジュン」について書いている。内容は、間食できない生徒、職員室で飲み食いしている教師という、実に些末なかつ切実な問題を取り上げ、「平等さがほしい」と当時の中学生らしく直球勝負で書き殴っていた。


 感心したのは、その直球を全て載せる学校文化があったこと。昨今の中学の文集には仮にあったとしても過程の問題として扱われ、予定調和的な結びになることは目に見える。思い出せば、弁論大会にもその文化があった。『自由と規律』という題で一学年上のKさんが束縛?された現状を訴えたとき、私は震えたものだ。


 今より封建的で威圧的な学校教育だった。しかし、生徒の声に対する寛容さもあったし、その表面化について躊躇がないことは「民主主義」への希求がその根本にあったから…という結論は早急か。声を出しても無駄、本音と建前の使い分け、周囲に対する影響への配慮、そんなふうに封じ込めてきたのではなかったか。


 それにしても文章の書き様をみると、あまりにも幼く、精神発達レベルが疑われる。Y夫も教師への反抗を書いたが、めちゃくちゃな文体だ。「先生はいつも、『生活態度が悪いから、成績が上がらない』とおっしゃいます。『そんなことがあるか。何かあれば生活態度、生活態度』と思ったもんだ」。なんだこれは、漫才か。


 文才があるような者もいた。女子に多いのは世の倣いか。男は自分がそうだったように概念的で形式的だ。幼馴染でもあるS子は、マラソン大会を振り返ってこんなふうに結んだ。「どれもみなたいしたことではないけれど、いつまでも覚えていて、時々フッと思いだすような、そんな大事な日だったような気がする」