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桜と絵本と豆乳と

読んではいけない小説

2015年08月08日 | 読書
 【2015読了】74冊目 ★★★
 『夢を売る男』(百田尚樹 幻冬舎文庫)

 夏休み初の小説。いつ読んでも上手い作者だ。政情を巡る発言で批判されるが、ネット書き込みにもあったように、発言は止めて小説に専念し、もっと読者を楽しませてほしいと思う。今回は出版界のタブーが取り上げられている。「一度でも本を出したいと思ったことがある人は読んではいけない!!」この帯文は強烈だ。


 一章の「太宰の再来」という見出しを目にすると、最近話題の某お笑い芸人のようなイメージが湧いて楽しいが、中身はへええという展開である。いわゆる「自費出版」商法がモデルになっていて、主人公の編集者が巧みな計画と誘導で作家志望の者や作家を翻弄する。部下との居酒屋談義で披露される分析が楽しい。


 いわば「詐欺商法」と読んでもいいことに人が何故引っかかるのか。それは「かなりの日本人が、『自分にも生涯一冊くらいは何か書けるはずだ』と思ってる」からと断定する件は、どきりとさせられる。それは結局、自意識と自己顕示欲の肥大であることは、今のSNSの隆盛を見ればわかると、解説子も喝破している。


 いい文章の基準を主人公が語ることは、おそらく作家自身の考えそのものだろう。「読みやすくてわかりやすい文章だ。(略)文章というのは感動や面白さを伝える道具にすぎん。」その他にも「文学的な文章とは比喩のこと」だとか、「純文学の内容がわかるのは日本に千人前後しかいない」という、明解な?断定がある。


 また「元テレビ屋の百田何某みたいに、毎日、全然違うメニューを出すような作家も問題だがな」などと自嘲めいた語りも入れている。いわば俯瞰力を持ちながら、出版界に巣くっている膿をえぐり出した作品だ。構造的な問題が強く救われない気もするが、生き抜いている人間は確かにそこにもいて、読後感はいい。