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日本が育んだ身体の典型

2018年04月09日 | 読書
2018読了36
 『日本の身体』(内田 樹  新潮文庫)


 雑誌『考える人』に連載された対談が集約された一冊。「少し長すぎるあとがき」として30ページが収録され、さらに文庫版で10ページ加わる。日本独自の身体の動かし方、つまり身体運用能力を持つ方々が対談相手である。茶道家、能楽師、文楽人形遣い、合気道家、さらに元大相撲力士やマタギまで、個性が際立つ。


 それぞれの分野の専門的な話は少し難解であるが、そこは稀代の「結び付け上手」であるウチダ先生が、自らの仮説を大胆に披露しながら、見事にテーマを捉えていく。間違いなくキーワードになる言葉として「同期」(シンクロナイズ)がある。「体感を伝える」という場の設定、所作、稽古などが浮かび上がってくる。


 芸能の分野では、文楽人形遣いに限らず雑用をこなしながら「いきなり本番」のような形で稽古がなされることがよくあるという。それは訓練法として非常に特殊な形だが、その意義について語られている箇所が非常に興味深い。現在、学校も含め、教育上「常識」とされている体系的なプログラムの有効性も疑いたい。

 「人間が限界を超えるくらい情報を浴びると、どこかの段階からだんだん物事が分節して見えてきて、これやって、次はこれやって、その次はこれって考えられる。」


 さて、この対談相手の並びで少し異色と感じられるのが漫画家井上雅彦だろう。しかし熱心なファンには、その意味がわかるかもしれない。『SLAM DUNK』『バガボンド』…知ってはいるが読み込んだ漫画ではない。興味が湧いてきた。この対談で語られた「思いが届くプレイヤー」の話も面白い。今日本にいるだろうか。


 肝心の身体運用に関して、その核にいずれも「歩き方」があることに納得した。自然環境、そして歴史が培った足の運び方一つ見ても「日本とは何か」と考えさせられる。芸能や格技の型にその神髄は残っており、それを注意深く見ることは、私たちのこの先の行方にも結び付いている。「腰を落ち着けて」考えたい。