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命と誇りの両立を選ぶ

2018年10月18日 | 読書
 仙台在住の小説家熊谷達也がどんなふうにあの大震災を描くのか、興味があった。新聞連載という形をとったのは何か訳があったか。それはともかく、災害が頻発するこの国にあって、考えるべきことは実に多い。三章構成で「2011年、70年後、2014年」という描き方をしているこの小説には、明らかに提案性がある。



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 『潮の音、空の青、海の詩』(熊谷達也  NHK出版)


 二章で語られる仮想現実は、被災地に限らず想像できる設定だ。また「アウターライズ地震」の到来と被害を組み入れたことにも頷ける。やはり地震・津波対策や原発の核最終処分をどう展開するかは、明らかにこの国の「正しい」未来はどうあるべきかを問うているだろう。この議論は顕在化していると言えるか。


 ある雑誌で、起業した女性社長が成功の秘訣を「正解を選ぶのは難しいと思います。大切なのは、正しい選択をすることより、選択したものが正しくなるようにすること」と語った記事を読んだ。確かに一面の真実だが危険性も大きい。決定したその方向に身を委ねることを重視し、議論を尽くさない発想が拡がりつつある。


 まして国や自治体の将来に関わる政治的な決定は、そこに住む人間の「命と誇り」に直結する。その二つを両立させるため、私達は真剣に目を凝らさないといけない。二章にある「その街に暮らす人々のアイデンティティーは何か」という問いは、今地方に住む者にとって幾多の難題を解決するうえでの基盤である。


 作品としての面白さは今ひとつながら、当事者性を持つ力のこもっている小説だ。舞台となる「仙河海市」のモデルは間違いなく気仙沼市。震災の年から続けて訪問した街だが、ここ数年足が遠のいた。いったいあの震災で何を学んだか、時々忘れそうになる自分に喝をいれねば…。来年はかの地を訪れようと思う。