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桜と絵本と豆乳と

電球を速やかに交換する

2018年10月26日 | 読書
 今年の100冊目読了である。未読本が数冊書棚にあるが、なんとなく吉田篤弘にしようと決めていた。文庫の新刊本である。書名だけで読んだ気にさせられる。いい話に違いない。


2018読了100
『電球交換士の憂鬱』(吉田篤弘  徳間文庫)



 この小説は、電球交換士という「世界でただひとり」の肩書を持つ主人公が、交換の注文を受けた場所でめぐり合う人々や、足しげく通うバーの常連客との関わりのなかで話が進む。そこでは「電球」はただの電球ではなく、特別な存在である。電球の本質…つまり世界を明るく照らすことの意味を問いかけている。



 主人公は愛車コブラ・ブラザースに七つ道具を詰め込み、注文のあった場所へ駆けつけ、すみやかに交換し光を取り戻す。作業はもっぱら夜間。交換を依頼する場に登場する様々な人物は、いずれも怪しく面白い。バー「ボヌール」に集う常連客4人も個性的かつ個の物語を抱えていて、話の発端や結節を担っている。


 特にマチルダを名乗るゲイが恋した男性を、主人公が探しに出掛ける話は、異次元異空間に誘い込んでくれるような趣だ。その世界はいつも懐かしい。カレー屋、饅頭屋、銭湯、木製の電信柱…町並みは変わりづける。それは都市も地方も変わらない。様々なものが消えている。そして気づくのはだいぶ経ってからだ。


 「消滅の兆候と消滅の瞬間にわれわれは気づかない」日常の多くに当てはまる。主人公は自分を「不死身」と信じていたが、ある時からその考えが歪む。この世に永遠はない。常に電球は交換し続けなければならない。光と輝きを維持するために…。そしてそれは消滅と背中合わせだ。ゆえに憂鬱はいつまでも続くのだ。