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モノに命を見る習い

2018年10月02日 | 雑記帳
私はラップを二度使いするオンナである。」と書き出した文章は、宣言に似て力強い。阿川さんがTVバラエティでそのことを話したら、周囲の笑い声に包まれ、ずいぶんとツッコまれイジラれた。それだけに留まらずその後も見た人から驚かれ、面白おかしく話題にされたという。


 電子レンジに使用したラップはできないが、器にかぶせて使ったものなら剥がして流し洗いなどしておけばちょいと使えて重宝と、何気なくしていることが周囲に受け入れられず、阿川さんは大層ご立腹であった。ティッシュの二枚取りをする人も叱りつけてやりたくなるらしい。



 使い捨ての時代という言葉自体がもう古臭く思えるほど、日常生活用品ではそのようなことが当たり前になっている。エコ推奨と言いつつも、現実の暮らしでそれに反する行為は無意識のうちに行われている。振り返るまでもなく「消耗品」の名の下に「消耗度」は考えられていない。


 限られてはいるが「ラップ二度使い」のようなことを自分もする。腰や膝に時々使うキネシオテープは何度も繰り返し貼るし、他のテープ等も一回使用と注記していても「使えるうちは…」と思う。阿川さんが「ラップの気持ち」になって考えるように、モノに命を見る習いだろう。


 大袈裟になった。しかしその役目、役割を全うさせることは大事だろう。子どもの頃、辛抱・節約した日常生活に不満はあったかもしれないがモノに対する愛着も強かった。今、その気持ちが湧かないことに寂しさを感じないか。「懐かしい」という感情の価値は何かが問われている。