和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

百年の計。

2011-04-03 | 短文紹介
1951(昭和27)年にサンフランシスコ対日平和条約を締結。

その頃のことを、
鶴見俊輔氏は語っておりました。

「あの時の総理大臣は吉田茂だ。彼は自衛隊も作ったでしょう。昭和32年防衛大学の第一期卒業生を前にして彼は次のような意味の訓示をしている。
『君たちは自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり歓迎されたちすることなく終わるかもしれない。批難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。ご苦労なことだと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君たちが『日陰者』扱いされている時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。耐えてもらいたい』と。これは吉田茂でなければ言えない偉大な言葉だ。」(p114~115・PHP新書「対論異色昭和史」)

政治家は、こういうものだと、何となく思っておりました。
まさか、政治家が批難とか誹謗をするほうに立っている状況に、とまどうばかり。
忘れたくないのは、「政治ショー」が東日本大震災の少し前にあったことなのでした。


「誰もが知っているように、蓮ホウ氏は『仕分け』で名前を上げ、『行政刷新』(仕分け)大臣を拝命した人物である。驚く理由は、彼女が『仕分け』したり廃止したものを挙げてみると分かる。

  1、防衛費(自衛隊災害救出活動の縮小)
  2、スーパー堤防(百年に一度の大震災対策は不要との理由)
  3、災害対策予備費(生活保護枠拡大(母子家庭)の財源化)
  4、地震再保険特別会計(子ども手当の財源化)
  5、耐震補強工事費(高校無償化の財源化)
  6、学校耐震化予算(自民党が推進していた政策)
  7、石油と塩の備蓄(仕分けパフォーマンスのいけにえ)
  8、除雪費用(蓮ホウが東北地方整備局を目の敵にした・・)

つまり、蓮ホウ大臣が仕分けし、廃止した項目全てが、現在の大震災被害に直接つながる予算だったということだ。よくもまあ、菅総理は彼女を任命したものだし、蓮ホウ氏もまた節電啓発大臣など引き受けられたものである。・・・まず、自分たちの『仕分け』判断が完全に誤っていたことを公表すべきだろう。しかし、この事実をテレビメディアは一切報道していない。」(p111 「WILL」5月号)

さて。これから、報道されるのだろうか?
今は、そんなことを言っている場合じゃないのだけれども。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする