和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

昭和21年の夏に。

2013-07-18 | 古典
新潮文庫の竹山道雄著「ビルマの竪琴」を、
とりあえず読了。
私に印象深かったのは、
本文よりも
「ビルマの竪琴ができるまで」の方へ
より惹きつけられました。

「ビルマの竪琴ができるまで」で
今回気になった箇所は

「戦後まもなく『赤とんぼ』の編集長の藤田さんが私の家に来られ、何か児童向きの読物を書け、といわれました。そのころは私は忙しくて、言葉どおり寸暇もありませんでした。・・・しかし、その疲れがでたのでしょう、昭和21年の夏に、かるい中耳炎をおこしました。このおかげで、十日ほど家にひきこもって、寝たり起きたりして、ひさしぶりでぼんやりしていました。耳に血が上るので本を読むこともできません。・・・ズキズキする動悸の音をききながら、あれこれと考えていました。そして、『この暇に子供むきの物語を考えてみよう――』と思いました。・・・日ぐらしがしきりに鳴いているときでした・・・」

「私は旧制高等学校につとめていて、幾年もつづいて、在校生や卒業生の出征を見送りました。」
「まことに、若い人があのようにして死ぬということは、いいようなくいたましいことです。それを終生気にかけていたらしい乃木大将の気持が、おぼろげながら分るような気もします。」

中村光夫の文庫解説(昭和34年)に

「ここに扱われたテーマは、子供をたのしますより、むしろ大人が力一杯とりくむべき問題である、ことに現代の日本には切実な意味を持っています。」
コメント
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