和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

桁外れの喪失に。

2013-07-21 | 短文紹介
赤坂真理さんの新聞書評(2013年4月7日朝日新聞)が気になっておりました。池澤夏樹著「双頭の船」(新潮社)への書評でした。
べつに、私は「双頭の船」を読みたいとは思えませんでしたが、
書評には、気になる言葉がありました。

「『戦後』の罪のもう一つは、大戦の膨大な死に言葉を与えていないことだろう。被災地の『復興』が、進まないどころか忘れられ、国内棄民をつくりつつあるのは、桁外れの喪失に言葉を与える力が社会にないからではないか。」

という指摘でした。
うん。けっこうな指摘だなあ、と思いながら。
この夏、私は竹山道雄を読んでいるのでした(笑)。

さてっと、平川祐弘著「竹山道雄と昭和の時代」(藤原書店)の
注(p156)に

「・・なお高田里惠子がナチス讃美の日本の独文学者を糾弾した『文学部をめぐる病』(2001年)で、ナチス反対の人々に言及しないのは全体像をとらえきれておらず残念なことである。」

との指摘があります。
全体像をとらえるには、どうすればよいのか。
うん。竹山道雄を通じてしか
「桁外れの喪失に言葉を与える力」をとりもどせないのじゃないか。
たとえば、
「ビルマの竪琴」の第一話「うたう部隊」が
その「言葉を与える力」の端緒となっていると、
不思議と思えてくるのでした。

それで、思い出すのは、
東日本大震災のあと、すぐに出た。
平成23年4月26日発行の
新潮ムック「これからを生きる君たちへ」でした。

そこに「被災地の卒業式」という箇所があります。

「今回の被災地の常として、津波の被害がなかった建物はみな、避難所となる。釜石小学校の体育館も、避難した住民で溢れかえり、窮屈な生活を強いられていた。」

そこでの卒業式を、黒井克行氏が書きとめておられます。
以下引用。

「体育館の両側に毛布を積み上げスペースを作り、ゴザを後ろに敷いて、保護者たちと被災者の方々が式を見ることができるよう、臨時の会場を設営した。・・・震度三の地震が襲った。しかし、だれも声を上げることもなく、児童の旅立ちを見守った。こらえきれず涙を流す姿が、あちこちで見られた。
式が終わりにさしかかり、校歌が合唱された。作詞は、仙台出身の作家・井上ひさし氏による。この歌声を聴いた時、私も涙を止めることができなかった。

   釜石小学校校歌

 いきいき生きる いきいき生きる
 ひとりで立って まっすぐ生きる
  困ったときは 目をあげて
  星を目あてに まっすぐ生きる
  息あるうちは いきいき生きる

 はっきり話す  はっきり話す
 びくびくせずに はっきり話す
 困ったときは  あわてずに
 人間について  よく考える
 考えたなら   はっきり話す

 しっかりつかむ しっかりつかむ
 まことの知恵を しっかりつかむ
 困ったときは  手を出して
 ともだちの手を しっかりつかむ
 手と手をつないで しっかり生きる


毎朝、ラジオ体操の後、被災者全員で歌うという。・・・」(p16~17)
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