7月14日は、地区の神社の祭典。
「庭なぎ」と称して、氏子総代が
神社を掃除して、青年は
朝6時に集って、木を立てます。
その木に幟がはためく。
うん。私はギブスをしているので
今日は不参加(笑)。
いまごろは、皆で神輿の組み立てなどで
午前中が過ぎます。
さてっと、筑摩書房「新編柳田國男集」。
その第五巻は「日本の祭」「先祖の話」。
その「日本の祭」の自序は
こうはじまります。
「昭和16年の秋、東京の大学に全学会というものが設けられ、その教養部においていろいろの講義を聴くこととなった際に、自分は頼まれてこの『日本の祭』という話をした。聴衆は理工農医の襟章を附けた人が多く、文学部の学生はむしろ少なかった。・・現代の日本には小学校以来、一度もこういう講義を聴かないのはもちろん、問題としてこれを考えてみる機会をもたなかった人が、どうやら非常に多そうに思われる。・・・」
ここでは、「木を立てる」
という箇所を引用。
「祭場の標識に竿を建てるというだけは、ほとんと最初からの約束といっても誤りはない。独り日本のみでなく、いやしくも神が上空から降りたもうものと信じていた民族ならば、皆これを立てたのであろう。・・」(p44)
「祭には必ず木を立てるということ、これが日本の神道の古今を一貫する特徴の一つであった。そうしてその様式は、際限もなく変化している。」(p51「祭場の標示」)
「まだ幾つかの言うべき点を残したが、あまりに多岐にわたったから一応はここで纏まりを付ける。要するに日本の祭は、大となく小となく、都会と田舎、村の公けと家々の祭とを問わず、木を立てずして行なうもは今とても一つもない。・・・」(p76)
今年は神社の幟を見にいけないなあ(笑)。
「庭なぎ」と称して、氏子総代が
神社を掃除して、青年は
朝6時に集って、木を立てます。
その木に幟がはためく。
うん。私はギブスをしているので
今日は不参加(笑)。
いまごろは、皆で神輿の組み立てなどで
午前中が過ぎます。
さてっと、筑摩書房「新編柳田國男集」。
その第五巻は「日本の祭」「先祖の話」。
その「日本の祭」の自序は
こうはじまります。
「昭和16年の秋、東京の大学に全学会というものが設けられ、その教養部においていろいろの講義を聴くこととなった際に、自分は頼まれてこの『日本の祭』という話をした。聴衆は理工農医の襟章を附けた人が多く、文学部の学生はむしろ少なかった。・・現代の日本には小学校以来、一度もこういう講義を聴かないのはもちろん、問題としてこれを考えてみる機会をもたなかった人が、どうやら非常に多そうに思われる。・・・」
ここでは、「木を立てる」
という箇所を引用。
「祭場の標識に竿を建てるというだけは、ほとんと最初からの約束といっても誤りはない。独り日本のみでなく、いやしくも神が上空から降りたもうものと信じていた民族ならば、皆これを立てたのであろう。・・」(p44)
「祭には必ず木を立てるということ、これが日本の神道の古今を一貫する特徴の一つであった。そうしてその様式は、際限もなく変化している。」(p51「祭場の標示」)
「まだ幾つかの言うべき点を残したが、あまりに多岐にわたったから一応はここで纏まりを付ける。要するに日本の祭は、大となく小となく、都会と田舎、村の公けと家々の祭とを問わず、木を立てずして行なうもは今とても一つもない。・・・」(p76)
今年は神社の幟を見にいけないなあ(笑)。