ふーっ。
平川祐弘著「ダンテ『神曲』講義」(河出書房新社)を、とりあえず、最後までめくる(笑)。
最後の「第25回 天国篇」の講義は
「天国篇は、逸話の部分を除くなら、普通の読者に通読はけっして容易ではありません。というか無理という方が自然で正直でしょう。・・・読んで面白くない。訳者がそう感じるのだから、読者の皆さまが面白く感じるはずはないと思います。」(p479)
という語り口で、私などでも、楽しく読みとおすことができました(笑)。
せめても、この講義の最後の言葉も引用しておきます。
「ここで『神曲』講義の旅を終えさせていただきますが、『覚(さ)むるや名残(なごり)なるらん』と申します。終わって、やがて細かいことは消えて失せても、皆さまの心に感動が残り、うるわしさがなお滴っているならば、嬉しいことに存じます。」(p503)
そういえば、この本の「まえがき」は
天国篇の一節が引用され、はじまっておりました。
そして、こうあったのでした。
「いま冒頭にダンテの一節を引いたが、
これは東大紛争の最中の1969年元旦、
駒場で最年長の助手であった私が
天国篇第13歌から選んで知友に送った
年賀状に印刷した言葉で、それとなく
自戒としたのであった。
『神曲』を訳したことはおのずと
自信となり、わが道を行く上での
生き方の支えともなった。大学紛争で
学内が暴力支配の場と化して
授業が行われなくなった時、
学外で自主的に部屋を借りた有志学生に
講義したのも『神曲』であった。・・・」(p10)
うん。今年の夏のはじまりは、
魅力ある講義の旅からでした(笑)。
平川祐弘著「ダンテ『神曲』講義」(河出書房新社)を、とりあえず、最後までめくる(笑)。
最後の「第25回 天国篇」の講義は
「天国篇は、逸話の部分を除くなら、普通の読者に通読はけっして容易ではありません。というか無理という方が自然で正直でしょう。・・・読んで面白くない。訳者がそう感じるのだから、読者の皆さまが面白く感じるはずはないと思います。」(p479)
という語り口で、私などでも、楽しく読みとおすことができました(笑)。
せめても、この講義の最後の言葉も引用しておきます。
「ここで『神曲』講義の旅を終えさせていただきますが、『覚(さ)むるや名残(なごり)なるらん』と申します。終わって、やがて細かいことは消えて失せても、皆さまの心に感動が残り、うるわしさがなお滴っているならば、嬉しいことに存じます。」(p503)
そういえば、この本の「まえがき」は
天国篇の一節が引用され、はじまっておりました。
そして、こうあったのでした。
「いま冒頭にダンテの一節を引いたが、
これは東大紛争の最中の1969年元旦、
駒場で最年長の助手であった私が
天国篇第13歌から選んで知友に送った
年賀状に印刷した言葉で、それとなく
自戒としたのであった。
『神曲』を訳したことはおのずと
自信となり、わが道を行く上での
生き方の支えともなった。大学紛争で
学内が暴力支配の場と化して
授業が行われなくなった時、
学外で自主的に部屋を借りた有志学生に
講義したのも『神曲』であった。・・・」(p10)
うん。今年の夏のはじまりは、
魅力ある講義の旅からでした(笑)。