おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

読書16「テロとユートピア」(長山靖生)新潮選書

2009-08-22 20:29:05 | つぶやき
 昭和11(1936)年の2・26事件は、陸軍の皇道派青年将校が引き起こしたクーデター。それに先だつ5・15事件は、海軍の青年将校と陸軍士官候補生が中心となって引き起こされた。
 昭和7(1932)年5月15日夕刻、首相官邸で家族と食事をしていた犬養毅首相が襲われ暗殺された。この事件によって、日本の軍国化に拍車がかかった、とされる。
 「話せばわかる」のデモクラシー(議会制)は終わりを告げ、「問答無用」のファシズムに大きく日本が旋回したとも言われている。
 この事件の黒幕とされたのが、本書の主人公である「橘孝三郎」。2・26事件が北一輝の影響を受けたクーデターだった、とされるなかで、それと対応するかたちで、この橘孝三郎を5・15事件の首謀者とする言説が一般化されていく。
 筆者は、この言説がどのようにして一般化することになったのか、橘孝三郎の生涯、思想的立場を解明して、そうした「言説」のまやかしを批判する。
 水戸市郊外において、彼の考え方に共感する人々と共同生活をしながら、農業実践に取り組む「農本主義者」としての面目を探りながら、そうした「理想主義」者が、井上日召(一人一殺を掲げるテロ集団・血盟団盟主)等の国家主義者などに接近していくことになった経過を実証的に明らかにしていく。それが、「テロとユートピア」すなわち、ユートピアがテロに絡め取られていく過程を描いている。
 さらに、5・15事件を生んだ状況が、現代のバブル崩壊から、新国家主義による社会的格差・ひずみ、農村の疲弊・崩壊という現代の状況と変わらないことに警鐘を鳴らし、その中で、農本主義者・橘孝三郎の持つ思想に対して、現代史的な位置づけを行っている。
 そこでは、今の農業政策が農民の思いとはかけ離れていることを指摘しつつ、農業振興策が政治という大きな流れの中で、翻弄されている現状を厳しく批判している。よかれと思う、市井の人間の思想・行動が、戦前のファシズムに呑み込まれてしまったように、現在の政治の危うさを指摘している点が興味深かった。
 橘孝三郎は、戦後も水戸郊外で一農民として暮らし、「愛郷塾」を続けながら、昭和49年に81歳の生涯を終えた、という。
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