オペラ全2幕(2005年改訂ドイツ語版 日本初演)
日本語字幕付原語(ドイツ語)上演
原作:三島由紀夫
台本:ハンス=ウルリッヒ・トライヒェル
作曲:ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
日本語字幕付原語(ドイツ語)上演
原作:三島由紀夫
台本:ハンス=ウルリッヒ・トライヒェル
作曲:ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ
オペラを観る/聴く場合、私は「予習」を行うタイプである。
何の予備知識もないまま臨むと、十分理解出来ないまま消化不良で終わってしまう作品もあるからである(例えば、「ナクソス島のアリアドネ」などは、「予習」をしておかないと何がなんだかさっぱり分からなくなる可能性がある。)。
ところが、今回の「午後の曳航」について言えば、私は原作を高校時代から何度も繰り返し読んでおり、わざわざ「予習」する必要を感じない。
私見だが、この小説は、おそらく三島の小説の中では最高傑作だろう(よく最高傑作に挙げられるのは「金閣寺」だが、これは半ば”評論”なので、小説にカテゴライズするのはためらわれる。また、私見によれば、戯曲の最高傑作は「サド侯爵夫人」と「近代能楽集」で、評論の最高傑作は「日本文学小史」である。)。
同業者にもこうした意見は多いようで、代表的なものとして以下のものがある。
① 高見順「『午後の曳航』を読み、異議があるが、純文学を継いでくれる三島君がいれば安心して死ねる。だが、三島君はいま明らかに危機だ・・・・・・」(昭和39年9月21日の日記)
② 澁澤龍彦「蛇足をつけ加えれば、この小説は傑作である。」(「週刊読書人」昭和38年10月21日号)
③ 司馬遼太郎「三島氏の狂気は、天上の美の完成のために必要だったものであり、そのことは文学論的にいえば昭和38年刊行されたかの名作(まことに名作)「午後の曳航」に濃厚に出ている。」(「異常な三島事件に接して」毎日新聞昭和45年11月26日)
さて、「予習」の話に戻ると、「予習」するといっても、ドイツ語で書かれたヘンツェの「午後の曳航」の台本については、適当な対訳本が見つからない。
なので、台本を読む以外の「予習」をしてみようと思いついた。
真っ先に思い浮かぶのは、「聖地巡礼」、つまり、小説の舞台となる場所を実際に訪れてみるというやつである。
だが、いかんせん、そこまで暇があるわけではない。
こういうときにヒントになるのは、野口悠紀雄先生の「「超」旅行法」である。
”ヴァーチャル・ツア”、つまり、写真などを使って、実際に行かなくてもそこに行った気分になるというものである。
もっとも、これは「諸方の聖地や霊場を参拝してまわること 」という「巡礼」の定義に真っ向から反することになる。
宗教上の「巡礼」は、自分の足を使って聖地に赴くことに、重要な意義があるからである。
だが、小説は宗教ではないし、「安楽椅子派」でもある私は、あまり深く考えず、ヴァーチャル巡礼を楽しむことにした。