「弁護士の窮状が話題になるのはなぜか。その真相は二極化だ。弁護士の激増で顧問先の獲得にあえぐ弁護士が増える一方、大手の若手の収入が増えた。」(ペーパー版ではp49)
二極化が進んでいるというのは事実だろうが、”窮状”といっても、それが直ちに預り金の横領や詐欺などの不祥事につながるとは限らない。
”窮状”にあって犯罪的行為に手を染めるのは、ごく一部の限られた弁護士だけである。
その原因を探るべく、二人の(元)弁護士(横領と詐欺)のケースで見てみたいと思う。
(1)20期代・男性(80歳代)、妻(病身)と二人暮らし。
裁判官任官後、弁護士に転じ、長年普通の街弁として業務を行ってきたが、自宅建築などのために負債がかさみ、預り金の着服などを理由として業務停止を含む数回の懲戒処分を受けた。
(2)60期代・男性(40歳代)、家族(妻子)あり。
就職難の時代にあって出身地で就職し、主に企業法務の分野で経験を積んだ後に独立。しばらくして次々と不祥事が発覚して懲戒請求を受け、弁護士登録を抹消。詐欺の被疑事実により逮捕・起訴される。なお、借金については今のところ不明である。
やや例外に属する可能性もあるケースについての、あくまで私見ではあるけれど、両者にはいくつか共通点があると思う。
① 比較的恵まれた経済生活を送ってきた
①②とも比較的裕福な家庭に育ち、特段経済的な困難を経験することなく法曹となったようである。
また、結婚してからも、家庭生活は、当初は順調だった模様である。
② サラリーマン生活の経験がない
①②とも法曹になる前にサラリーマン生活を送った経験がない。
おおざっぱに言えば、業務上「他人に頭を下げる」ことが常態化したような生活を送ったことはないと思われる。
今でも弁護士(に限らず法曹)は、社会に出るとすぐに「先生」などと言われ、基本的に「他人に頭を下げる」ことはしない職業なのである。
③ 経済問題について家族に相談出来ない状況にあった
これが非常に重要なポイントである。
①②とも、家族を養っていたところ、資金繰りの窮状について家族に相談できる状況にはなかったようだ。
仮に、単身者、あるいは相談できる家族がいたとしよう。
その場合、生活水準を下げる、あるいは安い家賃のところに引っ越すなどのコスト削減が可能と思われる。
場合によっては、家族に対し「頭を下げる」ことも考えられるだろう。
ところが、何らかの事情(①では妻は重い病気で相談不可、②は状況は不明)で、それが出来ない場合にはどうなるだろうか?
弁護士は、破産すると資格を失うため、自己破産だけは避けたいと考えるのが通常だろう。
それでは、転職すればよいかというと、特にサラリーマン生活の経験がない弁護士の場合、弁護士としての地位を失いたくないと考える人もいるだろう。
そういう人物のうちのごく一部が、何とかして資金繰りをつけようとして、「依頼者のお金」に目を付けるのである。
このメンタリティーは、「自殺論」の中でデュルケームが指摘した、「没落現象回避型」(25年前(10))に似ていると思う。
いわば、「没落現象回避型の弁護士」である。
自分一人が没落するのも容易ではないが、家族を養っている場合、「家族みんなで一緒に没落する」という選択はかなり難しい。
そして、この種の弁護士は、「没落」(極限の形態は自殺)ではなく、依頼者を犠牲にするわけである。