パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

スペンドシフトは起こっているか?

2014年10月06日 20時23分58秒 | あれこれ考えること
名古屋市で経済産業省が中心となった
先進的なリフォームビジネス事業者表彰への
エントリーの紹介の集いがあった

国内の住宅は供給過剰
日本人に新築志向が存在するのは事実だが
より現実的には誰が考えても、今ある家を
上手くリフォームして住むようにしたほうが合理的

ところで今日のここで(ブログでの)のテーマは住宅のことではなく
経済産業省の方が説明した(紹介した)アンケート結果のこと

消費者ニーズの変化と言う項目での
「生活者1万人アンケート調査」の結果に
●とにかく安くて経済的なものを買う、が
2000年から徐々に下がってきて

●多少値段が高くても品質の良い物を買う
●出来るだけ長く使えるものを買うといった
気持ちの変化は年々増加していると発表された

なるほど、そうあって欲しいし
一見何の違和感もなかったが
待てよ!と思ってしまった

つまりこの調査は、そのように行動しているということではなくて
単に気持ちを聞いただけではないのかと疑ったわけだ
そして実際の購買活動にはこの気持は反映されていないのではないか
と想像した
アンケートは聞き方によって望む答えを引き出せそうだし
この結果もどことなくそんな気配がしないでもない

少し前の自分なら何の疑問もなくこの結果を鵜呑みにしていた
ところが最近は、そうあって欲しいが現実は
やはり低価格志向から抜け出せないのではないか
と考えるようになった

何故なら若い人たちは一部の恵まれた人たちを除いて
全体的に金銭に余裕が無い
そういう人たちは良い物とわかっていても絶対金額が高いものを
求めることは現実的ではない
そして何よりも社会の動向を表す広告などは
高くてもいいものを!よりは
とにかく安いものを訴求している

何度も繰り返すが、本当は高くても質のいいものを
長く使うことが良いことだと思うし
そうあってほしいと思う

しかし、生活する人々の心にまで浸透しないと実現されないだろう
高くても良い物を長く使うと言う発想は
ある程度教育をしないと根付かないのではないのか
と思ったりする

本当に消費に振り回される社会から
開放されることができればいいのだが

経済は社会の血液といって
消費社会こそが健全な姿といろんな理由をつけて
言いたい人がいるだろうが、その人達は多分手段が目的化している

実際のところ人間が経済から離れて暮らすことはできないが
せめて支配されないようにしなくては!



コメント
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