パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

県議選立候補予定者による「公開政策討論会」を見て

2023年03月31日 09時17分16秒 | あれこれ考えること

市会議員の仕事はだいたい分かる
国会議員の仕事もなんとなくイメージできる
だが、県会議員の仕事はわからない、、
というのが自分の認識だ(似たような人が多いと思われる)

この地区(新城・設楽地区)の愛知県県会議員は無投票で決まりそうだったが
急に二人の立候補者が立候補し、選挙が行われることになった

そこで昨晩、新城商工会議所で立候補予定者3人
(峰野氏、打桐氏、浅尾氏)による「公開政策討論会」
が行われることになった

何をしているかわからないので、さほど関心はなかったが
選挙となれば無責任に選ぶわけにもいかず
とりあえず肌感覚として立候補者の印象を把握するために
会場に出かけた

政策討論会の進め方は今回も「新城方式」で行われた
それは司会者が質問を用意して
順番に候補者に聞いていく一般的な進め方ではなくて
各人が一通りの自己紹介、方針を述べたあとで
立候補者が20分の持ち時間の中で他の候補者に対して
いろいろ質問したり時にはツッコミを入れるという形式だ

この方法は相手の弱点をつくところもあるので
その対応に少しばかり感情的になることがあって
素の人間性が見られる(実際に昨日もそのシーンが有った)

「新城方式」の政策討論会は前々回の市長選で初めて行われたが
これは玄人受けしたようで、取材をしていたメディアの人たちも
面白い!との声が上がったので、前回の市長選も
この方式で行われることになった

これで3回続いたわけだが、きっと今後も「政策討論会」が
あるとすれば続けて行われると思われる

制約の多い選挙に関することなので
ここでどのように紹介することができるかわからない
だから詳しく紹介はやめることとして、感じたことを述べるにとどめる

やらないよりやったほうが良いのは「選挙」と「公開政策討論会」
かもしれないが、それらの関心は4年に一度で良いのだろうか?
がずっと抱いている疑問だ

印象からすれば、昨日会場に集った人々は自分のような
「さてどんな人柄か?政策か?」と確かめに来たのではなく
予め支援する人が決まっている、所謂後援会の人たちの様に思われた

この傾向は前々回の市長選の時も感じられたことで
結局は、聴衆は討論会を見聞きして判断するのではなくて
相手側がどんな良いことを提案しようが
自分の支持する候補者は変えない姿勢のままだった(様に思われた)

県会議員の仕事がイマイチわからないので
立候補者がああしたい!こうしたい!
と言われても、制度的に議員の立場でそれが可能かどうかわからない

それを含めて本当に必要なのは、実は候補者の質だけでなく
候補者の言い分なり行動を客観的に評価・批判できる人々の存在ではないか
つまりはシティズンシップをもっている人々が多く存在することが
何よりも大事なのではないのか!との思いをまたもや強くした

要は、あの会場でいちばん大事なのは候補者ではなくて
見聞きしている人々のレベルアップこそが大事なのではないか
と思った次第だ

選挙ははっきりと勝ち負けが出るので、勝負事の好きな人は
気合が入る人が少なくない
また利益とか損得にも関わるので、夢中にならざるを得ない人々もいる

つまりは完全にニュートラルの状態で人を選ぶということは
難しいというより、現実にはできていないと思われる

それでもそこで諦めてしまったら良い方には進まないので
身の回りに存在する問題を我がことのように考え
少しでも良かれと思うことを口にし実行できる人々を
増やすことが、厄介だが必要なことと思われる

つまりはシティズンシップ教育が大事だと思われる
ただし、多くの人が関心を持つのは確率的に不可能と思われるので
とりあえず、イノベーター理論における左側の2区分の数字(17.5%?だったかな)
くらいの人が関心を持つようになったら良いなと思う

昨日の公開政策討論会はYoutubeでも配信されたが、現時点での再生回数は328回
この数は多いのか、少ないのか、、現実はこんなものなのか?

コメント
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