パンセ(みたいなものを目指して)

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選挙について(投票する人がいないというのは本当か?)

2024年10月17日 09時15分17秒 | あれこれ考えること

少し真面目な話

選挙前の世論調査では無党派層が多いことが報じられている
また選挙にいかない人の「投票するに値する人がいない」
という言葉が、まるで免罪符のように使われている

でも、これは質問を変えて「今のままで良いですか?」「変えたほうが良いですか?」
と聞いたら答えはどうなるのだろう
もう少し違った質問では「政治は与野党均衡状態のほうが良いですか?」
「決定に時間のかからない与党過半数状態のほうが良いですか?」
と聞いたらどうなんだろう

これらの問に少しでも時間を費やした人は、単純に「投票する人がいない」
と答えることが、いかに何も考えていないことがわかるのではないか

分別くさくお説教を垂れる気はないが、「投票する人がいない」
とまことしやかな言い訳をして投票しないと宣言する人は
「私は精神年齢が低い人間です」と宣言しているようなものではないだろうか

民主主義は多数決と思い込んでいる人がいる
だがこの多数決というのがなかなかの曲者だ
アメリカの大統領選も国民全体の支持者の数で決まるのではなく選挙人の数で決まる
(ヒラリー・クリントンさんは支持者が多くても選挙人の数でトランプさんに負けた)
日本では国会議員の数は支持者の割合を反映していない
つまり支持率よりもずっと高い国会議員の数を自民党は確保している

国の予算を決めるのも、国防のことを決めるのもとりあえず採決という手段を取る
その採決は、こうしたことから必ずしも民意の反映とは言えない可能性がある
例えば、儲かっている企業にもう少し税金を収めてもらおうとする考え方は
企業献金を受け取っている自民党は賛成しがたい
企業はそうさせないために企業献金とかロビー活動を行う

民主主義は実は民意を反映しないシステムといった人がいる
それは対立する意見の戦い(採決)になり、
その多数決の数を確保する力の強いほうの政策となるからで
民意の数ではなく国会議員の数が勝負ということだ
つまりは何が何でも採決の際の人数が多いほうが勝ちが現実だ

国会議員を選ぶ時、地元にどういうメリットが有るか?
だけの視点では、片手落ちではないだろうか
そもそも国会議員に言って、物事が都合よく進むということ自体が
ちょいと異様な世界のような気もする
(山口県は道路がすぐできるといった山口出身の若者がいた)

つまりは、今のままで良いのか?よくないのか?
を少しは考えるべきだと思う

ついでにもう一言、当選したら「禊が済んだ」と言いたがる人
過去のことは無視する人達がいるが、
法的な違反は投票の数では決めるものではない

今度の投票率、どんなことになるのだろう?

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