◆MD-500Eを抑え、エンストロム480bが採用
陸上自衛隊の新練習ヘリコプターが決定したそうですが、まず最初に訂正。昨日、XC-2が二回目の飛行試験に成功、と記載しましたが、三回目、というのが正しいようです。御指摘ありがとうございました。
さて、海上自衛隊が新練習ヘリコプターとしてユーロコプター社製のTH-135を導入することが決定して、昨年12月2日に東京へリポートにおいて、ユーロコプター社からステファンジヌー社長、海上自衛隊からは前舞鶴地方総監で教育航空集団司令官の方志春亀海将が並んで納入記念式典が行われました。海上自衛隊は、鹿屋航空基地で練習ヘリコプターOH-6D/DAを運用していて、この後継機としてTH-135を導入したかたちとなりました。二号機も今月中に納入される予定なのですが、陸上自衛隊の次期練習ヘリコプターも海上自衛隊と同じOH-6Dを使っていますから、TH-135か、もしくは同じではないかもしれないけれども、ユーロコプター社のヘリコプターが導入されるのでは、と考えられていました。実は、一機当たりの調達価格は、海上自衛隊の練習ヘリコプターよりも陸上自衛隊の練習ヘリコプターは安く見積もられていたのですが、無難に欧州機を導入するのではないかな、と思われていた訳です。
防衛省では、陸上自衛隊の新練習ヘリコプターの機種選定について、総合評価落札方式により進めてきたところです。本日の開札の結果、以下のとおり機種が決定しましたので、お知らせします。落札者及び機種:エアロファシリティー株式会社、エンストロム480B 、数量:1機 、落札価格:208,823,793(円)(税抜) なお、評価基準に基づき、入札価格、維持経費、基礎点及び付加点から評価値を算出の上、機種を決定しました。入札者及びそれぞれの評価値は以下のとおりです。 エアロファシリティー株式会社 エンストロム480B 23.19704063 。株式会社エアージャパン シュワイザー333M --- 必須項目を満たさない項目があったため、評価の対象外となった。川崎重工業株式会社 MD500E ---入札価格が予定価格を超過していたため、評価の対象外となった。
総合評価落札方式とは、機体本体の価格のみではなく、各種の機能、性能、維持経費等を含めて、国にとって有利な提案を行った者を落札者とする方式です。機種の決定は、評価基準に基づき、必須項目(単発タービンエンジン、騒音基準値以下等)を評価する「基礎点」(全ての項目を満足する場合は100点、満たさない場合は評価の対象外とする)及び必須項目以外の項目(最大巡航速度、運行実績等)を評価する「付加点」(10点満点)の合計値を、入札価格及び維持経費の合計金額で除して得られる評価値に基づき行いました。評価基準の作成にあたっては、企業から提出された資料等を参考にして案を作成した上で、官報により意見招請を行いました。さらに平成21年11月25日(水)に入札公告を行うとともに、12月3日(木)に入札説明会を行いました。入札説明会では、評価基準等を入札参加希望会社に配布しております。http://www.mod.go.jp/j/news/2010/02/10b.html
以上の通り、陸上自衛隊の次期練習ヘリコプターにはエンストロム480bが決定した訳です。エンストロム、とは聞きなれない名前でしたので、ジェーン航空年鑑を引き出してみたのですが、ちょっと古いものでしたので480bは掲載されていませんでした。エンストロム社そのものは、ミシガン州に本社を置くヘリコプターメーカーで、従業員180名、1959年の創業以来1100機以上のヘリコプター製造実績のあるメーカーです。掲載されていましたエンストロムF-28はもともと米陸軍の練習ヘリコプター候補として提示された機体ですし、警察用ヘリコプターとして一定以上の需要があるようです。480bについても、エストニア国境警備隊やインドネシア国家警察、カナダ警察などで運用されている事例があるとのことで、法執行機関の間では高く評価されているとのことした。
機体は、防衛省HPの報道発表添付PDFに示された写真を見る限り、やや軽ヘリコプターという印象が強く表に出ていまして、心もとない印象を受けてしまうのですが、実際にOH-6Dを比較した場合、スペックは一段落ちてしまうようです。搭載しているエンジンはロールスロイスモデル250-C-20Wで出力は285馬力、重量が空虚重量で760kg。OH-6Dは搭載しているアリソン250-C-20Bが出力375馬力、空虚重量が538kgです。乗員は、最大五席ということなので、OH-6Dの四席よりも収容できるのですけれども、重い機体を馬力の少ないエンジンで飛行させるのですから、ちょっとOH-6Dよりも見劣りするかもしれません。しかし、基本練習機として考えるのであれば、許容できるものなのでしょう。
AH-64DやUH-60JA,CH-47JAを運用する陸上自衛隊が、こうした機体を導入した背景には、どういったものがあるのでしょうか。エンストロム480bを提示したのは、エアロファシリティーという会社です。東京都に本社があり、HPには、“米国メーカーで作った特殊装備品を国内のヘリコプターに装備します。米国の機体改修会社、装備品メーカーと業務提携をし、米国連邦航空局(FAA)や国土交通省航空局(JCAB)と何度も協議を重ね、オリジナルのフローチャートを完成しました。当社が仲介することにより、これまではあきらめていた「スマートな装備品を安価にて米国で製造してもらうこと」が実現しました。欲しい装備品を米国で作らせ、確実に日本の空を飛ばす。(http://www.aero.co.jp/kaisya/kaisya.html)”と書かれています。
今回は、川崎重工はMD-500、これはOH-6Dの事なのですが、提示していたものの、防衛省の要求金額に収まらなかった、という事により選外となっています。最も無難なのはMD-500なのでしょうが、この機体ですら高かった、という理由がつけられている以上、コストだけでは決まらないとしている総合評価方式でも、低コストの取得性が重視された、ということなのでしょうか。ちなみに、このエアロファシリティーという会社は、2000年からヘリポートの設置、建設工事を得意とする会社ということで、病院や消防署関係のヘリポート建設が実績としてあるほか、南極の昭和基地でのヘリポート建設も行っているとのことです。しかし、このほかに、ヘリコプターに関しては操縦訓練、機体整備というようなサービスを実施しているという事ですから、総合的なコストでは、かなり小回りの利く会社、という事が出来るかもしれません。本日正午の時点で、エアロファシリティーHPのアクセス数は24884、しかし、こうした会社があるという事が知られれば急激に伸びるのかもしれませんね。
一方で、重要な問題が置き去りにされています。安価なエンストロム480bは、OH-6以前に使われていた二人乗りの可愛らしいTH-55Jよりは高性能ではあり、満足する、という選択肢はあるのでしょうけれども、陸上自衛隊には、生産終了が見込まれているUH-1Jに続いてUH-1H多用途ヘリコプターを置き換える新多用途ヘリコプター、そして、高コストという理由で、当初考えられていた250機の配備に届かなかったOH-1観測ヘリコプターに代わり、師団や旅団、方面隊に多数が配備されているOH-6Dの後継機を、そろそろ選定しなくてはならない、ということです。海上自衛隊と同じくTH-135を採用していれば、機体の性能からしてOH-6Dの後継機として充てることも出来たかもしれませんし、初飛行に成功したユーロコプターEC-175を多用途ヘリコプターとして導入することも出来たことでしょう。
しかし、エンストロム社製の機体では、他にOH-6Dの後継機やUH-1Jの後継機とすることができるような中型機やエンジン出力を高めたファミリー機が無く、部品の相互互換性などの利点が生まれません。もっとも、観測ヘリなんて、飛べばいいのさ、とエンストロム480bが採用される可能性も0ではないのですが、そうなりますとざっと所要180機、果たしてエアロファシリティー社が整備支援を行う事が出来る機数なのか、という問題が生じます。すると、陸上自衛隊としては、多用途ヘリコプターや観測ヘリコプターに別の本命がある、ということになるのでしょうか。そう考えれば、練習ヘリコプターで従業員180名というエンストロム社製のヘリコプターを導入して、整備や補給、教育の面で支援を行ってくれるエアロファシリティー社に協力を求めた、ということには納得が出来ます。機種が増えれば、関係する整備や補給、教育のコストが増大するという難点が生まれるのですが、この難点をエアロファシリティー社が請け負ってくれることになるのですし、何よりもヘリコプターそのものの導入コストを低く収めることができます。
それでは、陸上自衛隊は、今後どのようなヘリコプターを多用途ヘリコプターとして、観測ヘリコプターとして導入するのでしょうか。現在、法廷にて争われているAH-64Dの調達中断に伴う富士重工と防衛省の問題も解決策が模索されている最中ではありますが、同時にAH-1S対戦車ヘリコプターの後継機もしっかりと考えてゆかなくてはなりません。練習ヘリコプターの選定が、これに一つの方向性を示してくれるのではないか、と期待していたのですが、この方向性が示されるのは、もう少し先の話になりそうです。
HARUNA
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)