マトリックス力学とは今では量子力学といわれている、20世紀前半に展開された原子中の電子の力学である。もちろん量子力学は原子中の電子だけを対象にする力学ではないが、誤解を恐れずこう言っておく。
マトリックス力学はもちろんHeisenbergの卓抜なアイディアから始ったが、しかしその数学的な展開にはBornとJordanの貢献が大きかった。BornとJordanとのHeisenbergの論文の数学展開とその後のHeisenbergも含めた有名な三者論文で彼らはマトリックス力学を完成させた。
BornはHeisenbergの先生の一人である。
ところが、1932年にノーベル賞を受賞したのはHeisenberg一人で、BornとJordanははずれていた。そのことについてのBornの苦悩は大きかったことが彼の告白によってわかるのだが、BornはHeisenbergが優秀であることを自分で言い聞かせて自分を納得させたとどこかで読んだ。
その後、1956年にBornは単独で量子力学の確率解釈で、ノーベル賞を受賞するのだが、ここでも政治的な意図が働いていたと、ごく最近の研究でわかったらしい。
これら事情にはJordanがからんでいる。Jordanはナチドイツ下で、ナチの思想に共鳴していたのみならず、その重要な活動の一翼を担っていたらしい。
それで、Heisenbergのノーベル賞受賞のときにノーベル賞の委員会はBornとの同時受賞も考えたらしいのだが、Bornにノーベル賞を与えるとJordanにもノーベル賞を与えない訳には行かなくことになるとの理由で、それを阻止するためにHeisenberg一人の受賞と決定したらしい。
その後、第2次世界大戦後の1956年のBornの受賞のときにもJordanの関係しない業績に対してノーベル賞を授与することにしたらしいと、ごく最近にインターネットのサイトで読んだ。
1976年にアーヘンであったニュートリノ国際会議の際にはまだJordanは存命であったが、そのときに1976年2月1日に亡くなったHeisenbergの追悼講演をJordanがした。もっともこのときの講演はドイツ語でされたので、私にはほとんどわからなかった。
その後まもなくしてJordanは亡くなってしまって、もう歴史上の人物になってしまっている。
ノーベル賞とナチとは受賞者において関係がある。光電効果の実験で有名なLenardもそういう学者の一人であり、賞金を投資とかに使ってはいけないとかの賞金の規約があるらしいが、それに違反して物議を醸したことがあると昔読んだ記憶がある。
また、Stark効果で有名なStarkもノーベル賞の受賞者だが、彼もナチの思想の信奉者でドイツ主義運動とかに関与したとか言われる。そういうことがあったので、ノベール賞選考委員会としては慎重であったのかもしれない。