よくテレビの番組でゴミ屋敷のことが出てくる。家中にゴミがあふれて、その上近隣にも悪臭や衛生上で悪影響を及ぼしているというような話である。
ところが私の家のある部屋はこのゴミ屋敷みたいである。大学をもう7年も前に定年退職したのだが、そのときに大学からもって帰った書類とかその他のものの整理がつかない。
ずっと以前に購入して使ってきたかなり大きな机はいまではもうまったくその機能を発揮していない。どうやってかたづけるのか。整理の専門家は多分できるところから毎日短時間ずつその片付けをすればよいというのだろうが、まったくどうしていいかわからない。
一番いけないのはどうしていいかわからないために整理と片づけをする気がどうしても起きないことである。
それでもすこし快適に知的生活をするためには、このゴミ屋敷ならぬゴミ部屋をなんとか解消しなければならないと7年経ってようやく思うようになった。こういう風にどこに何があるかわからない状況だと知的生産にとっても大いにマイナスであろう。
だが、そうは思うようになってもどこをどうしたらいいのかわからない。
整理学の基本は捨てることだという。それなら、やはり捨てることを決断しなければならないのだろう。ところがなかなかこの決断が難しい。
妻などは不要なもの(いやまだひょっとすると使うかもしれないものも)をすっぱりと捨てることのできる人だが、この部屋は私の領分であるので、彼女も手を出さない。だから、やはり自分で決意をしなければならないのだろう。