なぜだかどこかで待っていたのになかなか父母とか祖母とかが帰って来なくて一人で家に帰ったことがある。
これは今朝急にその記憶がよみがえってきたのだが、朝鮮(いまの韓国)の鎮海という小さな町での幼児の頃の体験である。
そういった体験は3回記憶にある。一度は祖母とはぐれてしまった記憶である。多分祖母と一緒に郵便局に行ったのだが、そこで何かの理由で郵便局の外で待つように言われていたのだが、なかなか祖母が外に出てこず、私一人が郵便局の外で待っていたのだが、待ちきれずに一人で歩いて家に帰った記憶がある。
家に帰ったときに母が家にいたのかどうかも記憶にはない。家の前で待っていたかもしれないし、母が在宅していてすぐに家の中に入れたのかどうかも覚えてはいない。
待っていなかったことで、叱られた記憶もないから叱られたということはなかったのだろう。いまなら、30分や1時間ぐらいはなんてこともなく待つかもしれないが、幼児(4歳か5歳)の私には少しの時間がとても長く感じられたのであろう。
そこで待つ理由を祖母から説明されたのだと思うが、それを納得できたとは思えない。
別の記憶は父と外出したのだが、父が誰かとの待ち合わせに少し離れたところに立っていたが、そのうちにどこかに姿が見えなくなってしまった。それでしかたなく一人で家に帰ったと思う。このときも父が誰かに会うらしいということを覚えてはいるが、それ以外のことは覚えてはいない。
このときも先に家に帰って来たのだが、叱られたという記憶はないから叱られたりはしなかったのだろう。いまから考えると父が誰か女性と密かに会うためにそのアリバイづくりに私を連れ出したと言うことなども考えられないこともないが、そんなことをしたら、小さな町だからすぐにうわさが立ってしまうので、そんなことができそうには思えない。ちなみに私の父は今風に言えば、なかなかイケメンではあった。
第三の記憶は前の二つと比べれば、少しはっきりしている。このときも私は少しの時間を待つことができなかったためだと思っている。
これは母に連れられて、母の実家である, K家に行った(母の親戚の多くが、この鎮海にそのころいた)。そのときに母は母の姉とか母の母(祖母)との話が弾んでしまって、その後にあるはずの町の山の上にある、鎮海神社でのお祭りに行くことになっていたのだが、私が待ちきれなかったのである。
そのときは待ちきれずに一人で鎮海神社に一人で傘をもって出かけてしまった。鎮海神社へと登っていく階段の下で母がやってくるだろうとしばらくは待っていたのであるが、その時間がどれくらいだったのか時計なんてものをもってはいない年だし、私はイラチなのでまた待ちきれず、仕方なく家に一人で帰ってしまった。このときには祖母が家にいたのかどうか。じっと家の前で待っていたのか。家の中に入ることができたのか覚えてはいない。
このときは母から叱られたことを覚えている。ずいぶん楽しいことがあったのにお前がいなくなってしまったから、その楽しいことを逃してしまったと。くじ引きとかもちをもらって食べることとかその他のことがあったらしい。
脳なんてこういうなんでもないことをそれこそおよそ70年も前のことをそこはかとなく思い出すということは何なのであろう。私は記憶力がそれほどは悪くはないと思うが、それにしても3~5歳くらいのときのことである。
それも思い出す必然性もなにもない。自分の脳ことではあるが、不思議なものである。