相変わらず、TEDカンファランスの話である。今週の月曜の11時からのTEDカンファランスの放送ではまたまたHans Rosslingが出てきた。彼は1948年生まれのスェ―デン人の公衆衛生学者だという。
それだと私よりは9歳ほど年下であるが、なかなかものの見方が独特である。先回の彼の登場のときはビッグデータを処理してそれによって、世界の人口の増加についての話をされた。
今回は洗濯機を使える人はという話であり、その独特の観点が面白かった。
現在の世界の人口は70億人という。そのうちで飛行機を使える人は10億人だという。それに反して一日2ドル以下で生活をしている人は20億人だという。残りの40億人はそれほど一日2ドル以下で生活しているほど貧困ではない。だが、どのくらい貧困かがあまり明確にはならない。
そこで、Rosslingは洗濯機を使えるかどうかで人類を分けてみることにした。それによると洗濯機を使える人は20億人だという。残りの50億人は洗濯機を使う環境にはない。
洗濯機を使えるためには電気と水が使えなくてはならない。特に上水道が必要であろう。文明国では上水道が使えないことは想像できないが、発展途上国では上水道が使えないことは普通のことであろう。
Rosslingの話ではスェ―デンで車に乗らない学生はいるが、洗濯機を使わない学生は誰もいないという。
また、彼の子どもときに彼の家に洗濯機が入ったときには彼のおばあさんが自分に洗濯機のスイッチを入れさえてくれと彼の母に頼んだという。それくらい画期的なことだったらしい。
それは彼が4歳の時だったというから、1952年のことになり、日本の私の経験からしてもかなり早い段階ではないだろうか。私の家で洗濯機が使われるようになったのはいつだったか覚えていないが、もう少し後の1950年代の後半ではなかったろうか。
これは日本の家庭に一般に洗濯機が入ったよりも遅れていたと思うので、それは私の家の経済状態が普通の家よりも少し悪かったことを示している。
そして、この洗濯機は女性の労働を大きく軽減した。妻は昔の女性にとっては洗濯をすることが一日の主な仕事だったと言っている。だから、洗濯機の導入は世界の女性の重労働からの解放であったことになる。
もっとも文明国でなければ、水を運ぶのが大変な重労働であり、水をどうやって手に入れるかが問題であろう。
先日のBunker Royによれば、水と電気をどう確保するかということであったが、インドのRoyの関係している村では水を洗濯に使えているであろうか。
そういうことで考えると世界中で普通に上、下水道が普通に使えるようになるまでにはまだまだ発展の可能性があるともいえるだろう。もっとも世界のどこへ行っても水が普通に使えるようになるのは人類の大変な事業だと思う。