しなければならない仕事があるとき、その中に面倒なこととそれほど面倒ではないことがあったとする。そのときどちらを先にするか。これはその人びとによって違うだろう。
私は簡単な仕事から取りかかることにしている。これは少しでも済ませた仕事があると、ある種の達成感をもって仕事を進めることができると考えるからである。最後に面倒で困難な仕事が残ることになるかもしれないが、それでも部分的にやり遂げた仕事があるという達成感がいくらか後押しをしてくれる。
それが一番困難な仕事をはじめにもってくると、なかなか仕事の全体が進まず、あせってくる。それよりはやさしくて取り組みやすい仕事にしろ、それらがすでにできあがっていれば、困難な仕事をするときになかなかその達成に時間がかかってもいくらか気を楽にする。
結局のところ、仕事全体を仕上げるのに要する全体の時間はそれほど違わないかもしれないが、やはりやさしい仕事からしていく方が少しづつの達成感をもちながらであるので心理的もいい。
もう亡くなった方のことで悪いが、朝永振一郎先生が名著「量子力学I」、「II」(みすず書房)の続編の「III」を書こうとしたときに、一番面倒であった、量子力学の形式的で数学的な分野の勉強されたと聞いているが、朝永先生には他のところはもうなんてこともなかったので、一番面倒でご自分の関心があったところを優先されたのであろう。
だが、面倒なところを優先して片付けようとする、心意気は私のような凡人が真似をすることはできない。やはり卓越した人はいつでも核心に迫ろうとするからこそ、その卓越さがあるのであろう。
結局、「量子力学III」は出版されなかったが、朝永先生の死後になって、「量子力学III」に対応した、「角運動量とスピン」(みすず書房)が発行された。