量の理論といえば、民間教育団体である、数学教育協議会の量の理論のことを思い出す人も多いだろうが、ここではそういうことよりも広いことを述べたい。
量子力学では物理量は観測値であるから、実数でありそのことを反映して、物理量はHermite演算子で表される。
Hermite演算子は実数を演算子に拡張したようなものであり、その固有値は実数である。Hermite演算子の定義はあまりよくわからないものであるが、その期待値をとると、実数になるような演算子というのが一つの定義であろう。
こういうことをはっきりと書いてあるのは私の知る限りではBohmの『量子論』(みすず書房)である。もちろんこれから出発して、Hermite演算子の定義はさらに一般化されるのが普通である。
この一般化されたHermite演算子の定義をはじめて学ぶとHermite演算子がもともと、どういうのものだったか、わからなくなる(注)。
これは量子力学を学んだ人の知る、独特の量の概念であるが、相対性理論とかではスカラーとかベクトルに加えて、テンソルを学ぶ。
これがまたわからない概念だと大学生のころは感じていた。そのモヤモヤが晴れたのは大学院で学んだ変換性でベクトルとかテンソルを定義するという説明を聞いたときであった(この辺の経験はエッセイ「テンソル解析の学習の問題点」に書いた。小著『物理数学散歩』(国土社)所収)。
ところが相対性理論とかでは、あまりでて来ないスピーノルという量がある。これは電子の波動関数を記述するときに、電子のスピン状態という内部自由度を記述するために必要とされたものである。
もっとも、このスピーノルという量が物理で必要とされる前に、数学ですでに発見されていたのかどうかはよくは知らない。たぶん、物理学で電子の内部状態を記述するためにスピノールが必要とされる前にエリー・カルタンによって考え出されていたのであろう。
こういうふうに物理量はとても多彩なものであり、外延量だとか内包量とかいわれる「量の理論」よりはもっと広範なものである。
さらに、相対性理論でのテンソルには連続変換に対する変換だけではなく、離散変換である、空間反転等の変換もある。
ちなみにスカラーは0階のテンソルであり、ベクトルは1階のテンソルである。本物のテンソルは2階のテンソルから始まる。
小学校で小学生に算数を教えておられる先生方が、これらをすべて知ることは不可能だと思うが、そういう広がりがあるらしいと知っておられることは望ましいと思う。
(注)Hermite演算子を行列(マトリックス)で表す場合には、
A^{+}=A
である行列をHermitean行列という。ここで、+は普通に使うdaggar(短剣)の記号の代わりに用いている。
A^{+}をHermite共役行列という。これは行列の要素の複素数共役をとり、かつ行と列とを入れ替えた行列である。
このHermitean行列は実数を多次元化したような感じのマトリックスである。
その対角要素は実数である。