物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

「私の知的鍛錬法」

2011-03-15 12:53:16 | 本と雑誌

竹内均の「私の知的鍛錬法」を最近通読した。なかなか興味深い書である。これは個人的な経験を書いた本であり、30年以上も前の本である。

竹内さんは方法についても述べているのだが、それでもその方法に凝るよりも実際に行動をすることを重視しておられる。その姿勢からか面白いことを書かれていた。

それは「知的生産の技術」で有名となった、梅棹忠夫さんが優れた仕事をできたのは彼の提唱したカード法でカードをあまり立派にはつくらなかったからだとの梅棹さんの友人か知人が言っていたという皮肉な批評であった。

これは実際になにかをすることを日夜にわたって、実践した竹内さんらしいリマークであった。この書「私の知的鍛錬法」は出版されて間がないころにみすず書房のPR誌「みすず」で物理学者の山口嘉夫氏が印象に残った本ということで紹介されていたが、ごく最近まで本書を読む機会がなかった。

もっとも竹内さんの似たような別の書を読んだことはあったのだが、実際にこの書を読むのは初めてであった。これもインターネットで一年ぐらい前に古書で購入したのだが、積読であった。

それがテレビで大地震と大津波の被害の様子をこれでもか、これでもかと見せられたので、読んでみる気になったのだから不思議なものである。

なかなか役に立つアドバイス満載の書であるが、結局はそれを自分でどれくらい実践できるかであろう。

竹内さんの勧めることは断片(なにか関心のあるテーマの4,5ページ文書)を暇を惜しんでつくるということにある。そういう断片をまずは10くらいつくる。それが100くらい集まれば、出版するかどうかは別として1冊の本ができるくらいの材料が集まったことになるという。


東北関東大地震3

2011-03-15 12:03:09 | 社会・経済

私の大学の後輩のY氏はいまは東京大学に勤めているが、彼の家族は仙台に住んでいるのではなかったかしらと思い出した。それは彼は東京大学に勤める前には東北大学に勤めていたからである。

彼の勤務先は多分いまでは千葉県柏市にあったように思うが、家族がまだ仙台に住んでいた可能性はある。だから、彼の家族が今回の地震とそれから引き起こされた津波に被災した可能性は0ではない。

NHKのテレビのヘリからの実況中継を見た者にはあの津波のすごさは言語を絶する。道路を普通のように車で走っていたら、急に津波に襲われてどうしようもなく亡くなった方も居られよう。

また、車で遠くへと避難しようとして居られた方も居られよう。ヘッドライトをつけた車が波にさらわれたところをこの実況中継では写さなかったが、その直前までを実況中継した。

ヘリで撮影していた取材者も自分の無力を感じられたにちがいない。これは地震直後にこの実況を見ていた私たちも同じである。

あまりテレビを見ることの少ない私であるが、こういうところを見てしまった。そういう方々がたくさん居られたのであろう。また、テレビでは津波に巻き込まれながら、奇跡的に生還されたかたのインタビューもあった。運のいい方も居られるのは間違いない。


東北関東大地震2

2011-03-15 11:32:12 | 社会・経済

東北関東大地震による被災者について有名なA名誉教授以外に私の知る人などいるはずがないなどとたかをくくっていたら、そうでもないことがわかった。これは先日発行したばかりの数学・物理通信第6号とその一つ前の第5号の寄稿者であった、高木富士夫さんが被災した可能性が高いことが彼の門下生の一人からのメールでわかった。

この門下生の方とは一、二度お会いしたことがあるきりだが、同じ物理の専攻だったということで近しく感じていた。この方も青森在住だから、被災した可能性はあるが、それほど大きな被害はなかったのだと思う。

私宛のメールを下さったKさんは高木さんの研究室の出身の方であり、現在は情報工学関係の大学の教員をなさっている方である。こういう形でこのKさんとつながってくるとは思わなかった。

私のように世の中で密かに過ごしているものでも、世の中とはまったく関係がないのではないことを思い知らされたことである。

そういえば、私の遠い親戚の方が弘前に住んでいるはずである。この方は私とほとんど同年であったはずだから、71~72歳くらいである。無事で居られるかしら。


想定外を想定せよ

2011-03-14 12:01:12 | 科学・技術

このたびの東北関東大震災で、専門家の言として「想定外」という語がテレビで語られた。

これは仕方がないというべきだとは思わない。想定外ということは専門家としては自分は専門家の名に値しないということを自分で言っているようなものではないか。

確かに自然科学や工学は経験科学ではある。だが、普通の人が予想しないようなことをも予想してその警告をすることが専門家の仕事ではなかったのだろうか。

東北関東大地震が想定を上回ったことは事実だろう。だが、今回の地震が世界最大の地震であったわけではない。ということはもっとマグニチュードが大きかった地震があったということである。

だから経験科学としてもおかしいのではないか。自然界で起こったことはどこで起こっても不思議ではない。そう考えるべきでは。また、現に世界のどこかで起こったことは自分の身の近くでも起こるのである。そういう自然の営みを忘れるべきではなかろう。

だから、私としては私の住んでいるところにもいつかは起こるのではないかと思っている。もっともそれに対する備えをしているかといえば、心許ないのだが。

それにしても今回の地震に伴う、津波の備えでうまく機能したものはないようだ。確かに財政的な問題ですべの備えをハード的にすることはできないかもしれない。少なくとも一箇所でもハード的な備えでなくともそのソフト的な備えがうまく機能したという事実を知りたいものである。

むしろハードな備えが不十分だったというのなら、それに代わる避難のシステムを構築すべきであったし、その警告のためのラジオやテレビやその他の公共の地域内放送とかを整備すべきであろう。そのときに警告の放送が入ったときにラジオの受信機やテレビの受像機が自然にスイッチが入るかとかは今の技術ではできないことではなかろう。

それにしても山のふもとに住めば、台風のときの豪雨で山崩れがして住居が押しつぶされたり、また海岸に近くに住めば、大津波に襲われたりする。いったい日本に安全なところはあるのだろうか。

福島原発のお粗末はいうまでもない。想定外とのことで許される話ではない。ECCS(緊急炉心冷却装置)がうまく機能しなかったためらしい。それも水を炉内に注入するモーターの電源が作動しなかったと聞くと電力会社の脇の甘さを指摘されてもしかたがないだろう。想定外の津波で燃料タンクが流されてしまったとも聞く。

想定外なら人命をないがしろにしてもいいということはない。もちろん、人生には意外な予想外のことが起こるのが常であるとしても、それが電力企業のいい訳であってはならないだろう。


東北地方大地震

2011-03-12 13:56:15 | 日記・エッセイ・コラム

東北地方大地震が昨日14時45分頃起こった。この地震の災害の全容はまだわかっていない。NHKの飛ばしたヘリの映像を見た者としてはその範囲がとても膨大なものであることが感じられた。これらの被害をこうむった方々にはどうお見舞いの言葉をのべていいかもわからないほどである。

阪神・淡路大震災が起こったときにその被害状況をテレビの画面で見たときにdeja vue(デジャヴュ、既視観)に襲われた。それは私の6歳のときに受けたアメリカ空軍の焼夷弾空襲で出身の今治市が灰燼に帰したときと同じような景色を見たからである。

実際に今治に空襲があったときに私は6歳であったが、そういう貴重な経験を実際にした。幸いなことに今まで一回もこの空襲の悪夢は見たことがないが、近所の家に焼夷弾が落ちて、燃え上がるを見た。

それにしても異変に気がついたのは私がラジオのドイツ語の放送を待つためにラジオを聞いていたのだが、いつのまにか居眠りをしてしまっていた。そろそろ15時のラジオ体操があるかなと思って聞いているとそうではなくてハングルとかポルトガル語のアナウンスが流れていた。おかしいなと思ってラジオが壊れたのかと思った。

そのうちに英語のアナウンスが流れてきて、やっと東北地方沖に地震が起きて大津波が来るので高所に避難してくださいと繰り返しているのだということがわかった。それでテレビをつけて見るとすごい被害である。NHKのへりから津波が仙台市近傍の海岸近くを襲って畑も家も押し流していくさまをヘリからの実中継で見てしまった。

これはただ事ではないと思い、近くのコンビニの公衆電話に出かけて妻の携帯にかけたが、かからない。それで海岸に近づかないようにとと子どもたちの無事の確認の連絡をするようにと伝言を残して切った。念のために自宅の固定電話にも同じ伝言を残した。

18時すぎに自宅に帰ってテレビを見たら、すごい被害らしいが情報が十分に集まっていないようだ。だが、政府も事の重大さを認識していてすぐに対策本部を立ち上げたこと等がわかった。

民放は見なかったのだが、NHKがすべの番組をキャンセルしてこの地震関係の放送にした見識はよかったと思う。おかげでラジオも第二放送は今日のいまも気象庁の津波や地震の警報を続けて出し続けている。これは公共放送としては当然の措置であるが、なかなかできることではない。敬意を表しておきたい。

これらのラジオのニュースで日本語でのアナウンスが流れないのだが、一番よく分かるのは英語の放送であり、つぎはハングル語である。第三にポルトガル語であり、一番わからないのは中国語であることがわかった。これは私にとってということであって、これらの4ヶ国語の放送が現在の日本で必要なのだということは十分にわかる。放送関係者の労力に敬意を表したい。願わくばこれらの放送によって一人でも多くの人が救われていることを願いたい。


業界用語またはスラング

2011-03-11 11:04:47 | 物理学

業界用語またはスラングといっても業界の意味するところは私が少しだけ知っている大学の物理学科で、そこで使われている言葉ということになる。

大学の物理学科に入学して驚いたことは先生が自分たちのことを物理屋といっていることだった。それは八百屋だとか魚屋といったものと同じ響きで聞こえた。

さらに、物理の研究室に入って仕事という語が特別な意味に使われていうことであった。これは物理用語としての仕事をいま言っているのではない。これはこれで説明を必要とするが、ちょっとおいておく。

研究室の先生方の使っている「仕事」とは「研究(論文)」のことであった。これはドイツ語でdie Arbeitが意味するところとも同じである。だが、これをE大学に勤め始めて数年のころに哲学の先生にこの仕事という語を使ったら、この方はドイツ語もとてもできる方であったが、この方には意味が通じなかった。

またある先生は「計算する」ことを「勘定する」という古めかしい(?)言葉を使われた。また、これは一般的ではないかもしれないが、累積度数分布の累積というのを積分と言っている方も居られる。

そういえば、これは業界用語ではないが、好奇心という語を先日ブログで使ったが、この語も使い方がちょっと違っている。私の好奇心という語は知的好奇心という意味である。この語はいつか朝永振一郎さんのエッセイによって知った語の使い方である。

朝永さんはアメリカの大学に若い研究者を推薦するときにその推薦の言葉の中にmental curiosity(知的好奇心)という項目があり、それが推薦のかなりの重要性をもっているということに気づいたと書いていた。

好奇心というと普通にあまりいい意味には使われない。週刊誌的な話題で、誰某のタレントと歌手だとかのゴシップだとかを知りたいという風なときに使う。

そういえば、昔はコンピューターと書かないとしっくりしない気がしていたが、最近は長年の工学部勤めの結果としてコンピュータと止める書き方をするのが私には普通になった。ただ、いまでも超伝導は超電導とは書き難い。

高橋秀俊著『電磁気学』(裳華房)のはしがきには回路と輪道とかの違いがあるとか、周波数と振動数といった言葉の違いが工学分野と物理分野であると書いてあった。

確かに物理屋は電場、磁場というが、電気工学者は電界、磁界という。天文分野でも京都大学では遊星というが、東京大学は惑星というとか。たかが言葉とはいえ、面倒なものである。


O教授と固体物理学

2011-03-10 12:00:54 | 物理学

これは私の夢であって、現実にあったことではない。まずそのことをお断りしておく。また面白おかしくするための私の創作でもない。

私の先生の一人O教授は素粒子論が専門であったが、彼がH大学で教授のころには彼の講座名は「固体物理学」であった。これは夢の話ではなく実際の話である。

ところで昨夜見た夢はつぎのようである。

Oさんが固体物理の逆格子について教えている講義に私は出ていた。その講義はそんなに悪いものとは思えないOさんらしい講義だと思ったが、途中でこれはいけないと言われて黒板に書いておられたことを全部消してしまわれた。

それで、そこから私ども学生との議論になったのだと思うが、私が数の逆数からの発想によるような逆格子の説明をOさんにした。Oさんがそれに納得したかどうかは夢ではわからないが、そうこうしているうちに夢から醒めた。

何でこんな夢を見たのかわからない。OさんはN大学の助手時代に坂田昌一教授の代講でいろいろなことを講義されたと聞いたことがあるが、それでもまさか結晶格子と関連した、逆格子の講義はしたことがないだろう。

だが、私が受講したことのある、原子核物理学でも彼の講義は彼のつかんだ物理的な内容の直観的にイメージが伝わってくるものだった。これは私のような物分りの悪い者でも断言できる。

Oさんの薫陶を十分に受けたともいえない私だが、自分がものごとを実感的にわかりたいという欲求は強い。それがこういう夢を私に見させたのだろう。以前から逆格子についてのエッセイを書きかけであるが、それが完結をしていない。それを急ぎたいという自分の内なる無意識によるのであろうか。


人の寝方は?

2011-03-09 16:44:12 | 健康・病気

2月24日(木)に今期のドイツ語のクラスの打ち上げ会が南堀端のフランス料理のレストラン、アミティエであった。そのときに医師の I  先生がドイツ語の先生である、R氏に尋ねた。あなたは寝るときどのように寝ますか。横向き、仰向き、俯向きですか。

I 先生はもちろんこのことをドイツ語で尋ねた。これはNHKのラジオのドイツ語講座で日本人は仰向けに寝るのが普通だが、ドイツ人は80%くらいは横向きになるという結果があるとかその講師の先生が言われていたからである。

横向きに寝るという答えかと予想したが、さにあらず。横向きにも仰向けにも寝るという答えであった。それでドイツ人でもそんなに通り一遍ではないということがわかったのだが、よく考えてみるとラジオ講座の先生の言うことはあまり正確ではなかったのだと思う。

これは多分寝床に入ったときのはじめの姿勢が横向きか仰向けかということだったのだろう。睡眠中に人は夜になんどか寝返りを打つということは知られており、その寝返りを打つということは睡眠にとって結構大切なのだといわれている。

そうだとするとはじめ寝床に入ったときには横向きでもいつのまにか仰向けになったり、また横向きになったりしているのだろう。少なくとも私は寝床に入ったときには横向きに寝ているのが普通だが、寝ているうちに仰向けになったり、また反対の側に横向きになったりしていると思う。

これは寝ているときには起きているときのようなはっきりした意識はないから、ある種の無意識のなせる業である。睡眠中が完全な無意識状態であるとは思わないが、覚醒時のようなはっきりした意識をもっていない。

私自身さすがに俯きに寝ることはほとんどないが、そういう姿勢をとるときには私にとっては特に体に異常があるときである。

医師である I 先生がこの睡眠中に人はなんどか寝返りするという事実を知らなかったとは思わないが、なんでも話題にしてその反応をみて面白がる、 I 先生のことだから、R氏の反応を見たかったのであろう。好奇心旺盛な人にはかなわない。


病院へ行く

2011-03-09 13:12:26 | 健康・病気

今朝、病院へ行った。とはいっても現在のところは大したことではない。血圧が少し高いのと花粉症の薬をもらうためである。

先日、水曜日に銀行に行ったら、いつもよりお客が少なくすいていたので水曜日が患者さんも比較的少ないのではないかと思った。それで行ってみたらやはり待合室にはあまり人が待っておらず、10分くらいで診察室に呼ばれた。作戦成功である。

花粉症の症状について話し、血圧を測ってもらって診察はすんだ。なぜ水曜日が患者が少ないかと判断したかというとこの銀行での経験であるが、これは松山の中心街商店が定休日だからではないかと推察する。それが銀行の営業にも反映をしているらしい。それで、病院はこういう経済活動とは違うのだが、水曜日には患者さんが少ないのではないかと判断したのである。

もっとも今日は風が強く寒いのて、病院へ来ることを諦めた方もおられるかとも思われるので、たまたま商店街の定休日と重なっただけなのかもしれない。だからまた別の機会にこの経験が正しいのかを検証してみなくてはならない。いまのところは仮説にすぎない。

そういえば、眼科の医院にも月に1回は行くが、このときも水曜日が比較的すいているような気がする。この医院は日、月曜が定休日なので火曜日に行くと患者さんであふれかえっている。だから火曜日にはこの眼科にはできるだけ行きたくない。

それでも目薬が切れると仕方がないので、先日も火曜日に行ったら、予想に違わず待合室一杯の患者さんである。それで仕方なく午後に来ますと受付に行ったら、受付だけ済ませておきませんかと勧められた。それで午後4時すぎに来ますと告げて帰った。4時すぎに行ったら、二人ぐらい患者さんが待っていたが、すぐに呼んでくれた。

いつだったかもこのブログで書いたかもしれないが、定期的な検診等で急を要するのでなければ、誕生日が偶数日なら、月、水、金曜に来てくれませんかと、誕生日が奇数日なら火、木、土曜に来てくれませんかとでも病院で勧めたら、患者さんの混雑緩和ができるのではないかと思う。

先回も同じようなことを妻に言ったら、そんなことをすると患者は別の病院へ行ってしまうと一言のもとに切って捨てられた。

歯科医院では昔は待ち時間が長く治療時間はとても短く、何回も通院しないといけないということで悪評が立ったものだが、このごろは予約制ですぐに治療によんでくれるようになった。ただし、これは急患の場合にはとても都合がわるい。

もう一年近く前になるが、はじめて四国がんセンターに診察に行ったら、予約がないということで午前10時30分すぎには行ったと思うが、診察は夕方であった。その後はいつもこのセンターには予約で行っているから、待ち時間は2時間くらいでそれほど長くはない。


講義の質を下げるものは?

2011-03-08 11:53:06 | 受験・学校

いつだったかは鶴見俊輔さんの座談を読んでいたら、学生の関心を引こうとして、面白い講義をしなくてはという気持ちが講義の質を下げてしまうとあった。これは教室の最前列の学生がスポーツ新聞に「力道山血まみれ」なんという見出しのついたのを見ているのを見てしまうといけないのだと思想史家の藤田省三さんだったかが述べていた。

このブログでもどれくらいのアクセスがあったとか、どういうテーマがアクセスが多いとかいうことがわかるようになっている。そうするとまたアクセスが多くなるような話題をブログで取り上げようとかいう邪心が出てくる。これがひょっとすると私のブログの質を上に述べたような講義の質の低下と同じように引き起こしているかもしれない。

先日、一日で311のアクセスを記録した。これは誰か一人か二人の人が集中的にこのブログを見たせいだと思う。もっとも妻などはそれは何かの機械のミスのせいだろうと言っていた。そうかもしれないが、人間、人の気を引こうとして時の話題を取り上げたりする。それがブログの質を下げているとすれば、申し訳がないことである。

だから、このブログではあまり政治の世界がどうなっていてもとりあげない。だが、先日シノダスとかいう会社の代表取締役の方(名前は失念)が1970年以降生まれの方を組織して社会を変えることができるような政策提言とか何かを模索していると新聞で読んだ。そういう努力が本当に実るかどうかはわからないが、そういう努力をする人が出てきたということに日本社会として希望が少しだけ出ている。

(2011.4.26付記) 上に一日のアクセス数が311のことがあったと書いた。今日やっと気がついたのだが、311は東日本大震災の起こった、3月11日をも意味するので、そういうことを知っている人がわざとアクセス数が311となるように細工をしたのではないかとも考えられるが、ちょうど311にするのは意外と難しいのでやはり偶然なのであろう。

と書いたが、この日は3月11日よりも三日前の3月8日のブログだった。だとすれば、偶然であろう。それとも神がかって3月11日に大地震と大津波の災害が起こることを予感していたのだとというと、これはもちろんオカルト気味であって、冗談としてはいいが、真面目にとるべきではない。


数学・物理通信第6号の発行

2011-03-07 13:35:55 | 数学

数学・物理通信第6号をようやく今日発行することができた。2月はじめくらいに著者に草稿を送リ返して、再度の検討をお願いしてそれをもとに最終の手入れをした。

最後に共同編集人のNさんのところに印刷されたサンプルを見せて意見を聞き、4日ほど経ったので今日発行となった。一つ問題なのは一巻を何号で終えるのかをまだ決めていないことである。10号で1巻とするのか、12号で1巻とするのか。

2号か3号で終わるかとも危惧したが、原稿を投稿してくださる方がいるので、何とか6号までは発行できた。共同編集者のNさんに1部印刷するのと私自身の保存のために1部印刷するだけで後は印刷をしていない。

だから、パソコンの画面上でチラッとみて終わりにされる人も居られるに違いないが、こういうサーキュラーは任意でやっているものだから、それがどのように取り扱われるにしても文句をいう筋合いはない。

役に立つとも思われればそれに越したことはないが、ちらっと何か奇妙なことをやっている人がいるだけと思われても別にいいのである。


人生の進み方

2011-03-07 10:51:01 | 日記・エッセイ・コラム

先日の知人の死で感じたことを一つ。この知人は3人の子息と5人の孫をお持ちであった。

それで考えたのだが、人生がとんとんと早く進んでいく人と私のようにゆっくりとしか進まないと思える人々がいる。私の子どもがパートナーを見つけたのも遅かったし、ましてや孫などは期待できそうにない。

私は歳をとったという意味ではおじいさんだが、孫を持っていないので文字通りの「おじいさん」ではない。そういう意味では人生がゆっくりとしか進んでいないというべきだろうか。

子どもがいて、孫が居るという風ではないので、昔風の考えでは私の人生はまだ半端であるともいえるかもしれない。しかし、これは私が不満足だということではないので、昔風に考えればというだけである。

人生がゆっくり進むと上に書いたが、本当はちょっと出だしが遅いので、時間の進み方が遅れているといったほうが本当だろうか。だが、他の普通の人の時間を並進移動したようなものではない。

これは家族のあり方が違っているからである。私自身は不幸せだと思っているわけではない。今までの人生の経過としてはいろいろあったが、それでも幸せの方だと思っている。

知人の死をきっかけとして、しかし時間の並進移動みたいなことのある人もいるのだろうと考えたし、私の主観的な時間が人と比べて遅く進んでいるとも思えることに気がついた。

これは土曜日にテレビで「時間とは何か」という対談を見たからでもあった。渡辺慧さんという物理学者が居られたが、彼の関心事の一つが時間であった。いつだったか、このブログでも書いたアンパニウスというペンネームで論陣をはった方である。

アンパニウスはギリシア風の名前だが、これは渡辺さんがアンパンが好きだったということから友人がつけたか、自分でつけたあだ名であったらしい。


定積分の求め方

2011-03-05 11:16:14 | 数学

体力がなく根をつめて仕事をすることができない方なので、いつでも仕事が発散してしまう。

気分転換のために新しく「定積分の求め方」というエッセイを書くための準備を始めた。これはいろいろな定積分の求め方を概観しようとするものである。

すでに2002年2月に書いたメモによると定積分の方法の項目として

1.区分求積法 

 積分の意味がよくわかるが、計算が面倒である。級数の和が求まらないと積分できない。

2.不定積分による方法

 これが正攻法である。微分積分学の基本定理が重要である。

3.Feynmanの積分法(パラメータの微分で積分を求める)

 積分記号内のパラメータで微分によって積分を求める。

4.複素積分

 Cauchyの積分定理が重要である。複素解析の本来の目的は? 

5.数値積分

 Newton-Cotes, Gauss- (Legendre, Hermite, Laguerre), 適応型 Newton-Cotes, 二重指 数関数型積分 他がある。最後の二つは日本人の発明(?)である

6.Monte Carlo法による多重積分法

 多重積分積分をするにはこの方法がお勧めである。低次元の積分ではあまり収束がよくない。

7.定積分表による

  ビーラン・ドウファンの定積分表 --ビーラン・ドウファン:定積分の研究に生涯を捧げた 数学者、ただし森口、宇田川、一松の「数学公式」(岩波)によれば、かなり誤りがあるらしい。

8.Laplace変換

9.Fourier変換

10.積分変換

11.無限級数の和による定積分

 ツェータ関数の特殊な値を使う

をリストアップしている。

それらを例を上げながら、微積分を少し学んだ人なら、誰でもわかるように書きたいと思っている。すでに

3.Feynmanの積分法(パラメータの微分で積分を求める)

についてはエッセイを2度ほど書いたことがあるが、残りのテーマはきちんと取り扱った記述をしたことがない。

ここに上げた以外にも私の知らない定積分の求め方があるかもしれない。また、Laplace変換とFourier変換は積分変換の一部であるのだろう。

(2011.3.11付記)

最近では数式処理のソフトが一般的になっているので、

12.数式処理ソフトによる定積分

も項目に入れるべきかもしれない。

(2013.11.4付記) 昨日必要があって一松信著『解析学序説』上(旧版)(裳華房、1962)を見たら、定積分の仕方のいろいろが書いてあった。さすがは一松先生である。

私が「定積分の求め方」というエッセイを書こうと企画しているのはずいぶん以前からだが、多分この一松先生の書を読んで考えたことではないと思う。

というのはもちろん参考のために一松先生の書をもってから久しいがあまり読んだことはないからである。だが、私の考えたようなことをすでに一松先生が書かれていることを昨日知った次第である。

ちなみに一松信著『解析学序説』上(新版)(裳華房、1981)では旧版に述べられていた方法の列挙は削除されている。定積分の例題は同じに残っているが。なお、一松先生の方法で述べられていて、私が挙げていないものは多分ないと思う。

昨日その箇所を見たが、そのときの記憶が残っているだけで、いまここで具体的に一つ一つ比べてみているわけではないので、確かではない。

(2020.2.25付記) 定積分の求め方についての数学エッセイを「数学・物理通信」に掲載している。いずれの号かは覚えていないが、関心のある方はインターネットで検索してください。

ある知人の死

2011-03-04 12:36:32 | 日記・エッセイ・コラム

昨日、テニス仲間のSさんのご主人が急死された。これは多分死亡された、ご本人も奥様であるSさんもまったく予期をしていなかったことであったろう。

実際にご主人に会ったことはなかったのだが、先日Sさん宅に電話したときにSさんは不在でこのご主人が出てこられたので、二言三言だが、お話をした。また、一昨日は私の妻が電話したときもこのご主人が電話に出られたということで、昨日の知らせに妻ももちろんショックを受けていた。

人間は死に方を自分で選ぶことはできない。また、こういう実例を見せられて自分に残された時間もそう多くはないのだといまさらながら心に刻み込まれた。

妻もそう遠くない将来に自分も同じようなことを経験するのだろうと予想と覚悟をしたようである。遠くの方の死を聞いてもなかなかぴんと来ないのだが、やはり身近なつきあいのある方に関係しているとなると感じ方はまるで違ってくる。

何の用かは知らないが、この知人は愛媛大学に用があって出かけて居られたが、トイレに行かれてなかなか帰ってこられないので、友人が行ってみたら、トイレの中で倒れていたらしい。それで近くの松山赤十字病院に担ぎ込んだのだが、4時間後に亡くなられたという。

友人から連絡を受けた後で妻がSさんに夜遅く電話したら、いつも明るいSさんの落ち込みようはひどかった。私も一言Sさんとお話をしたが、その狼狽振りや後悔振りはチラッとだが伺うことができてお気の毒としかいいようがない。

つれあいというのは空気みたいなもので、居てもどうということはないのだが、急に死亡するというようなことがあると残されたものに深い心の傷を残す。これは生前につれあいとしての努力が足らないということではない。どれだけ努力をしていても予想をしないことだといろいろと悔いが残るものである。


入試不正2?

2011-03-03 12:47:36 | 受験・学校

入試の不正は結構早く決着しそうな様子であるが、その結末はまだ予想されない。

そういう話とはまったく別の考えを今朝妻が呟いていた。それは大学に限らず学校は入りたい学生を拒まず、入学させてそして一人前にして卒業させてこそ、学校だというのである。大学についてはその辺は収容可能な人数に限りがあるので、簡単ではないが。

妻が呟いていたのは私の子どもたちが入学しようとしていた、中高一貫の進学校の校長先生の「優秀な生徒を受験させてほしい」という発言に対する反応であった。それでそういう考えでは教育者としての了見が狭いというのが妻の意見である。

どういう生徒が入学してもそれ相応に教育して、卒業させることができなければ、教育ではないのではないかという。まことにごもっともである。

数学者の小倉金之助がどこかで優秀な学生を育てたというのは教育が無力だったということの証にすぎないと書いていたと思う。

どういう意味だったかははっきりしないが、優秀な学生はどういう教育をしてもその才能を発揮するので、優秀な学生を育てたというのは本当の教育の意味をなしていないという趣旨であったろうか。

東京理科大学の前身の東京物理学校では入学を希望する学生は全員入れたが、そこを卒業するのは難しかった。野球のインニングの裏表のように、たとえば3年の表と次の年の裏とか言われていたそうである。3学年をすべて裏表をやって6年で卒業した学生も多かった。

学年の表、裏をやってもなかなか学生は卒業できなかったのだと聞く。そういう学校はいまではなくなり、入学させた学生はよほどのことがないと卒業させている。これは日本の社会が再挑戦をあまり認めない社会だからである。

いつかアメリカ人の英語の教師から聞いたことだが、アメリカでは評価は厳しいが再挑戦の機会はふんだんに与えられるのだという。そこら辺が国民性の違いかもしれないが、根本的にちがう。日本社会としては再挑戦を許すようにならないといけない。

最近では一度非正規雇用者が一度解雇されると再挑戦して再雇用される可能性が事実上なくなってしまっていると憂いている識者は多い。