物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

古いエッセイ

2014-09-18 11:30:34 | 数学

古いエッセイとはいっても数学に関係したエッセイである。

古いエッセイの図はある知り合いに描いてもらったのだが、どうも図を90度回転させた方がいいと思うようになった。

それで、その古い図を消去して新しい図を描き、エッセイを書き直そうとしていたのだが、そのままになっていた。

最近購入したF. Kleinのドイツ語の本の英訳本を見ていたら、そのエッセイを一部改訂した方がいいことに気がついた。それで昨日からその図を描き直している。

picture環境は試行錯誤で図を描くので手間がかかるが、それでも簡単に描けるところがいい。

そのエッセイはsin x,cos x 関数をtan (x/2)で書き表すことを取り扱ったものだが、なぜそんなことができるのかは一目瞭然ではなかった。

ところが、このKleinの著書はそのことを主眼として述べたものではなかろうが、私の長年の疑問に答えるに十分であった。

もっともその図を誰がどのような動機で描いたのかはまだ私にはわからないが、その図を見ているとsin x, cos xがtan (x/2)で書き表せる理由がわかる。


ビジネスは社会貢献か

2014-09-17 12:08:17 | 社会・経済

火曜の夜に知恵泉という番組があり、ここで歴史上の人物の知恵を学ぶという試みがされている。

この番組に呼ばれる経済人は異口同音に企業や会社は社会のためにあり、もうけは社会貢献をしたその結果として得られるのであって、儲けが目的ではないと言われる。

この言葉を真に受けていいものかと疑問に思っている。もっとも大部分の経済人は意外にもうけ主義ではないのかもしれない。だが、功成り名遂げた経営者が異口同音に社会貢献が先で儲けが後だと言ったからといってそれを真に受けるのはどうだろうか。

昨晩は元オリックスの経営者だった宮内さんがゲストとして来られていたが、さて彼の言うことを真に受けていいのだろうか。

政府の何かの委員会の委員を現在もされている方である。その発言は経営者寄りであるのは当然としても。

しかし、この疑問を一応脇に置いておいておくと、いいことも言っておられた。ある業界に参入したら、その業界に近いところの様子はある程度分かるから、そのお隣の業界に参入するということを行うのだという。

そうして、そこで成功を収めるかどうかはともかくとしてその業界のことがわかれば、その隣の業界の事情を知ることがその隣の業界に参入できるのだという。

まったく未経験なことに参入するのは確かに間違っていると私も思う。ある程度それぞれの業界の事情を知っていることがいつでも必要なのであろう。


「四元数の発見」の原稿

2014-09-17 11:03:00 | 数学

ようやく昨日からぼつぼつと徳島科学史雑誌の投稿原稿「四元数の発見」を書きはじめた。とはいうものの熱が入らない。

どうしてなのかわからないが、どうも一種の燃え尽き症候群であるかもしれない。8月にはこれについて大分時間をとったから。

徳島科学史研究会からの帰途の途中に高松の駅のトイレのところで出会ったフランスの学生に仕事場を二晩ほど宿に貸した。

フランス語を話すのを松山までの電車の中で2時間以上も持ったことなど生まれてこの方なかったが、それでも片言でも話すことができたので、なんとか用が足りた。

デング熱が流行る前ではあったが、このフランス人学生はどこかで野宿することもあったらしく、脚のいたるところを蚊に刺されていた。

それで、つぎの日の朝に妻が買って間もない携帯用の蚊取り線香の収納ケースと蚊取り線香、それに刺されたときにつける塗り薬を彼にプレンゼントした。

これは私が「彼がたくさん蚊に刺されていた」と話したからであった。たまたま妻が新しい携帯用の蚊取り線香の収納ケースを買ったばかりだった。

8月25日のある小学校での「わくわく寺子屋」というイベントに行ったので、10時にこのフランス人学生のClerantにちょっと会ったが、それが彼に会った最後であった。

その後には彼は別府を経由して、熊本、鹿児島へ行ったはずである。その後東京に帰ってその後金沢、仙台等を訪れると言っていた。

北海道は今回は訪問の時間がないという話だった。彼の父親は建築家、母は先生をしており、自分はビデオゲームに関心をもっており、それを専攻しているという変わった学生である。

姉が東京に数年目から住んでいるが、もちろん彼女は日本語ができるが、目が不自由であるとの話だった。これは私の理解が正しければであるが。


イスラム国

2014-09-16 14:09:00 | 日記
最近イスラム国が急にクローズアップしてきている。その兵力は3万人を越えるという。

問題はヨーロッパやその他の国からもかなり多くの人が参加をしているということである。それらの人々がもし自国の中で貧困にあえいでおり、いわば自分の隘路を開くという意味でイスラム国に参加しているとすれば、問題は戦闘機で上空から爆撃をすれば済むということにはならないだろう。

やはり各国の政治が若い人を経済的に救うということをしないならば、根本的な解決はなかなか得られない。多分、EUもアメリカも地上部隊は派兵はしないだろうから、深刻な事態には落ち入らないかもしれないが、イラクでは大変なことになる。

シリアでも、イラクでもアフガニスタンでも、内戦が続くようであるならば、やはり事態は深刻であり、それに加えてイスラム国の問題も生じた。

最初は貧困が原因かもしれないが、それがいたるところで火山の噴火のように噴出してくる。もし、NGOから派遣されたその国を支援しようとした人を殺害するというのであれば、どうしたらよいかわからなくなる。もっとも一応NGOの人は利益を代表してはいないと仮定をしている。本当のところは私には知る由もないのだが。

国家として過激に国民を圧迫した国として一時期のカンボティアがある。知的階級を何が何でも死に追いやるというそのやり方はやはり普通の市民の指示を得ることができなかった。

権力的には一時的に権力を握ることができたとしても長期的には政権の維持はやはり難しいであろう。だが、その国民としてみたら、10年はその政権が続かないとしても、5年でも続いたら、不幸せなことはこの上もない。

internet explorerの変更

2014-09-16 10:08:38 | デジタル・インターネット

internet explorerが変更になった。マイクロソフトはこれでより使いやすくなったとか書いているのだが、戸惑うばかりである。

よくわからないのは今まで文書のコピーが簡単にできていたのが、そういう機能を表示している、ツールバーがなくなってしまった。

どうやったら復活できるのかがわからない。はじめはアドオンを廃止したら、アクセスが速くなるとか書いていたので、アドオンを廃止した。

ところがどうもアドオンを廃止にしない方がいいらしい。ということで元に戻すことにしたのだが、もとにはもどらない。

なんでも簡単にできるなどというが、「どしろう」とには全く見当がつかない。

それでもなんとかお気に入りは使えるようになったが、なんでこんなに変えるのだろう。変えたことがよりよくなっているというのはスタイルを変える企業の独善ではないのだろうか。

第一、私はアドオンはなにを指すかがわわからないくらいの「どしろう」となのだから。


数学教育事典に見る欠陥

2014-09-15 17:07:44 | 数学

いまある小さなことに関心がある。

それは三角関数の余角、補角の公式とそれに類した公式をsin, cos関数に直す還元公式と言われるもののいろいろな導き方を総復習するという、エッセイを書く準備をしている。

その方法として私が今考えているのはつぎのようなものである。

1)鋭角の直角三角形の利用

2)円の対称性の利用

3)sin, cosのグラフの平行移動

4)Maclaurin展開の利用

三角関数の還元公式を導く方法を知るために役立つのは大学受験の学習参考書である。それらのいくつかを読んで、また数学教育用に書かれた辞典等を参照したりしている。

ところが、高校数学にあたる、この三角関数の記述がどうしたものか少なくとも数学教育協議会のメンバーが編纂した数冊の辞典にはあまりない。

もちろんそれを書くととても内容が多くなって、事典のページ数が大幅に超過するということもあるのだろう。

だが、それがまったく欠けているとは言わないまでもとても少ないことはどうしてなのだろうと疑問に感じてしまった。

大学受験の学習参考書の対してその対抗策としての内容を記述するのは大変であろう。

だが、もう少しはそれに対応したことの記述があってもいいのではないだろうか。これらの辞典では中学校の数学プラスのイプシロンである。このイプシロンは小さい量という意味である。

高校数学についてはあまり言及がない。確かに難しいところではある。

事典を除けば、三角関数にも言及した書は最近は出版されているのだろうが、今まだそれらを調べるところまでに至っていない。


論文に取りかかれない

2014-09-13 17:09:57 | 日記
徳島科学史雑誌という科学史の研究雑誌に徳島で8月23日に発表した講演の内容を論文にして投稿しようとしている。ところがどうしたことかこの原稿を書く気持ちが起きない。

内容はすでに『四元数の発見』(海鳴社)という近々発行される書にも書いたことでもすむのだが、論文だということでハミルトンの書いたノートをもう一度見直しをしている。

ところがそのことを考えようと思うとなぜだか眠くなってしまうのである。そしてこのことには関係のない他のことを調べてみたくなる。そういうこともあってなかなかとりかかれない。投稿締め切りは9月末のなのでそんなに時間が十分に残っているわけでもない。


8月は上記の書籍『四元数の発見』の原稿の見直しと修正にほとんどの時間を費やした。それで、頭がまだ「四元数の発見」の関係の事項に関しては受け付けてくれないのだろうか。


書籍『四元数の発見』は読物としておもしろければいいのだが、論文ともなれば、ただ話の筋がよくわかって面白ければいいというわけにもいかないだろう。

ハミルトンの思考の底に迫るというくらいの気持ちでなければならないだろうなどと勝手なことを考えているために取りかかれないのである。

私が本に書いたことはハミルトンの思考に迫ったつもりであったが、それはハミルトンの思考の筋道というよりは実は自分なりの理解であったような気もする。それで、もう一度同じ個所を何度も読み返しているのである。だから、1ページくらいのところが進まない。そこをクリアすれば、後のところはなんてこともないのではないかと勝手に思っている。

今日のタダ塾北持田

2014-09-13 16:53:49 | 日記
土曜日の午後は先週からタダ塾北持田に詰めている。

先生は退職した方が来てくれているので、私がいなくても十分すぎるほどであるが、それらの方々との連帯の気持ちで詰めている。

ときどきは子どもちょっかいを出して教えてはいるが、教えるというほどではない。

元小学校教員の方々の子どもたちのこころの掌握のしかたを感心しながら、見ているのである。今日ははじめは I 先生の詩の朗読というか穴埋めクイズから始まった。

途中では T 先生のアトラクションがあり、この先生は仮説実験授業の手法で子どもに遊ばせるというタレントをおもちである。
それを見ながら進行役を務めつつ、随所で引き締めを図る Y 先生とか多士済々である。

ひょっとしたら、普通の塾に行くよりもおもしろいかもしれないなどと考えたりする。塾ではあるが、個別指導みたいであり、多分に一度もしある先生に聞いてわからなかったことがあれば、他の先生に聞いてわかるというよなこともあるかもしれいない。

今日は小学生は22名、中学生は3名の人が来ていた。

DJ

2014-09-13 11:24:25 | 音楽

DJという職業がある。

この職業に就く人はどういう経歴の人なのだろうか。ということが少し前から私の関心の一つである。

もっともDJになった人の書いたエッセイとかを調べたりしたことがあるわけではない。DJであるから、音楽の好きな人であることはまちがいがないだろうが、音楽家になろうとした人が音楽家にはならないで、DJになっているのだろうか。

車に乗って自分で運転をしながら、FMのラジオを聞くことがある。その音楽番組では大抵音楽を紹介する人がいて番組が進んでいく。

あまり飛行機には乗らないが、それでも1年に1回か2回乗ることがある。そのときの飛行時間の1時間と少々の時間をクラシックの音楽の放送を聞いて過ごすことが習慣になった。

そういう経験から、DJをしている人は音楽にもちろん詳しい人だと思うが、どういう教育を受けた人なのかに関心が生じたというわけである。

なんでも一つの職業を深く極めようと思うと自分に不得意なことでも学ぶ必要があろう。

これはE大学に勤めて間がないころであったが、大学の付属図書館の司書の人から電話をもらったことがある。

どういうことだったか忘れたが、たぶん購入したドイツ語の書籍の分類だったか、それとも書名の意味だったかそういう種類のことだったような気がする。

大学の図書館だから、もちろん日本語の書籍はあるが、それだけではなく外国語の書籍も購入することがあるだろう。だから、司書の人がたとえドイツ語やフランス語に弱くても何とか分類して図書目録をつくり、しかるべき箇所に配置しなくてはならない。

そのための仕事は最小限しなくてはならないだろう。もちろん、大学でちゃんとした司書になる教育を受けた人もあるだろうが、それだけではなく単に一つの職として配置された方もいるかもしれない。

そういう方でも仕事となれば、自分に不得意なことでもしなくてはならない。そしてそれなりに努力をしていることが窺われて専門家ともなれば、さすがだと思った。

DJの話と離れてしまったが、DJとはどういう教育を受けた人なのだろうか。


音楽のつくられたとき

2014-09-12 11:17:38 | テレビ番組

昨夜、さだまさしとCMプランナー箭内さんとの「人生の10曲」という番組をみていたら、さだまさしが彼の尊敬するアメリカの歌手ポール・サイモンに会った話をしていた。

ポール・サイモンは音楽は作られた時が最高の瞬間なのであり、それを演奏するときは再生音楽に過ぎないと考えている。

だから、どこかで演奏会をすることはこの音楽をつくった瞬間の感動を再生しているに過ぎないが、どうもそれは2番煎じというか印象が薄いものだという。

ちょっとさだまさしが語っている、ポール・サイモンの意見をうまく表現できていないかもしれないが、ともかく演奏会はあまり感激的なことではないという考えらしい。

そして、さだまさしはこれまでに4000回以上のコンサートをやってきたが、この曲が作られた時とほぼ同じ感触を得られたのは実は3~4回に過ぎないと語っていた。

さだのような国民的な歌手にしてそうなのだから、凡庸な私などが講義をしたときによかったなどと思う時がすくなかったのは当然でもあろうか。


朝日新聞の自己反省

2014-09-12 11:04:40 | ニュース

今日の朝日新聞ではいくつかの今までの報道について、朝日新聞の自己反省が大々的に載っていた。

これは私自身は週刊誌の記事を直接読んだことがないのだが、新聞広告に載っていた、朝日新聞の批判記事とも関係している。

そして、その批判がすべてあたっていたということらしい。これは一部の報道にあたった記者や編集部の問題では多分ないであろう。

やはり組織の劣化が進んでいる結果としか考えられない。それにしても朝日新聞は今後右寄りにその主張をシフトしてくることが考えられる。

世間が全体的に右寄りであることはまちがいがないが、そのためにいずれの社会も経済界とか政界とかにわたって保守主義路線の論者が闊歩している。

1000万円以上の収入のある人に限ってとかいうが、残業代を払わないとかいう提案を経営者団体はしているらしいし、これまで個人の所有権を認めてきた特許権を全部会社の所有権にするとかいう。

これらは直ちに悪影響があるかどうかはわからないが、徐々に企業の活力を奪っていくだろうことは想像に難くはない。

そしてそれを現在の政治は追認したり、または勧めたりするようだ。

アベノミクスもここに来て陰りを見せ始めたようである。アベノミクスというが私の印象では日銀の金融緩和はある程度の成功を収めたが、それ以外の政策は一向にはかばかしくないのではないか。

政府が一時的に大幅な支出をすれば、見せかけの景気づけにはなるが、それはただ一時的な景気づけにしか過ぎない。

どうしたらいいのかについてはだれも明確な処方箋を持ち合わせていないのではないか。

先日新聞で読んだところではglobal企業ではある程度の成果を収めたとしてもlocal(地方)産業はたいていがサービス産業であってその政策は現在ではglobal企業を押し上げる政策だけではそのおこぼれにあずかるようにはなっていないという意見であった。

もしそうであるならば、現状の日本の2重構造に対して、複眼的な(または2面的な)経済政策が求められるということだが、実際はどうなのであろう。


扇型の面積

2014-09-11 15:10:38 | インポート

先日、このブログで円弧の長さと扇型の面積について書いた。

扇型の面積が中心角に比例することを示した、ようやく文献を見つけた。

『現代の綜合数学II』(現代数学社、1973)という古い本である。

中心角alphaに対する、扇形の面積をg(alpha), 中心角betaに対する扇形の面積をg(beta)とすれば、中心角alpha+betaに対する扇形の面積はg(alpha+beta)となる(これは図を描いてみると一目瞭然である)。すなわち

      g(alpha)+g(beta)=g(alpha+beta)  (1)

が成り立つ。これからalpha=0, beta=0のときにはg(0)=0であることがわかるから

  g(alpha)=k alpha                              (2)

と表せて、扇形の面積は

中心角に比例することがわかる。これがわかれば、

  g(alpha)=(1/2)r^{2} alpha                 (3)

であることを示すことは簡単である。

いろいろ調べてみたが、これほどはっきり述べた文献はなく、「扇形の面積は中心角に比例する」という事実を事実として述べたものが多かった。高校の参考書とかにはこの事実も書いていないものが大部分である。

(1)は関数gが線形であることを示しているので、(2)が成り立つのは当然であるともいえる。

(2017.8.31付記)「研究と実践」(愛数協)116号 (2014.11)に「扇形の面積」というタイトルでエッセイを書いたが、その中でも述べたが、もし中心角\alphaに対する扇形の面積をSとすれば、中心角が2 \alphaに対する扇形の面積は2Sとなり、また中心角が2\alphaに対する扇形の面積は3Sとなる。円の中心角がn\alphaと中心角\alphaの n 倍になればそれに対する、扇形の面積は nS と S の n 倍になる。すなわち、円の扇形の面積はその中心角に比例する。

すなわち、(2)が導かれる。このことは誰にでも明白なことなので、上に述べたようなことをわざわざ考えなくてもよいと考えるのが普通の人の思考であったのだろう。それをそういうことを考えられなかった、私はよほど「トンマなやつだ」ということであろう。


数学・物理通信4巻5号、6号の発行

2014-09-10 17:39:21 | 数学

先刻、数学・物理通信の4巻5号、6号をようやく発行した。

5号の編集後記がなかなか届かなかったので、発行が予定より数日遅れていた。

その代わり、出来上がった号のプリントしての検討をする時間をほとんど取らなかった。ひょっとしたら、そのために凡ミスをしているかもしれない。

ここ数日の間、今日来るか明日来るかと編集後記を待っていたのだが、来ない。仕方なくメールと電話で催促をしたのだが、それでもそれからなお2日ほどかかった。私としてはしばらくぶりにいらいらしてしまった。

それぞれの人がそれぞれの思いで仕事をしているので、何とも言えないが、先週中に数学・物理通信を発行できると思っていた。

もっとも時間があったために、4巻6号の検討の時間が取れたので、かえってよかったのかもしれない。

これでまた12月まで自分の仕事に専念できるのはうれしい。


スーパームーン

2014-09-10 14:30:12 | 科学・技術

昨夜、9月9日はスーパームーン(supermoon)だった。

昨夜、テニスに行ったとき、いつもより月が大きく見える満月だった。

弁護士のKさんが「月の大きさが14%が大きく、明るさが30%明るい」というのを聞いて、そんな数値をよく覚えているものだと感心した。いまネットで調べてようやくその数値を知った。

月は地球の周りを楕円軌道を描いて周回している。地球に一番近づいたときにちょうど満月になるのは珍しいはずだが、今年は7月12日、8月10日、9月9日と3回もスーパームーンがあったのは珍しい。

8月10日は特に月が大きく、エクストラ・スーパームーンとよばれる珍しいときだったが、今年の西日本は雨が多かったので、それを見ることができたどうか。

天文学的にはスーパームーンという用語は使われず、perigee-syzygy(近点惑星直列)とかperigee-full/new moon(近点満月/新月)という。

その起こる頻度は毎回14回目の満月がスーパームーンとなる。その周期は約412日であるので、スーパームーンは、年に1回もないことも起こりうる。


eine Tafel Schkolade

2014-09-10 13:19:52 | 外国語

昨夜、NHKの「テレビでドイツ語」の放送を見ていたら、Tafelというのがチョコレートに関して出てきた。

いうまでもなく、Tafelは食卓のテーブルとして知っていたが、これは文字や絵を描く板を示しているという。

どうもその辺の認識がしっかりしていなかった。Tafelが図表をも意味していることは知っていたかもしれないが、どうも私にはそういう認識があったか、あやしい。

Tafelには小さな板状のものという意味があり、eine Tafel Schkoladeはそれにあたる。テレビではチョコレート1枚と訳されていた。

いつも私は慢心していて、日常に使われるドイツ語なら、大抵知っているとタカをくくっているが、どうもそんなことはないという例である。反省,反省。

ちなみに、Tafelweinはテーブルワインを意味しており、これは水の代わりに飲む比較的安価なワインのことである。