ヴァシリー・カンディンスキー
『ムルナウ近郊の鉄道』
Murnau View With Railway And Castle. 1909
Oil on cardboard, 36х49 cm,
Munich, Stadtische Galerie in Lenbach,
「カンディンスキーと青騎士展」(東京三菱1号館美術館)を終幕近くで見た。もっと早く見たいと思っていたが、事情があってぎりぎりになってしまった。今回の企画展は、『青騎士』 der Blaue Reiter と呼ばれる表現主義の画家たちのサークルの作品を多数所蔵するミュンヘン市立レンバッハハウス美術館の全面支援で実現したものだった。この美術館、かつて何度かミュンヘンを訪れた折に、立ち寄ったことがあった。作品を見ている間に失われた記憶がよみがえってきた。
私にとっては、この画家ヴァシリー・カンディンスキーの作品に初めて接したのは、ニューヨークのグッゲンハイム美術館であった。1960年代、日本ではなかなか見る機会が少なかった時代だった。そのために、真作を目のあたりにした時は、頭の中の霞のようなものが一瞬に飛び去ったかのような爽やかな感じがしたことを覚えている。脳細胞もまだ若く新鮮だったのだ。アメリカ滞在中、何度か訪れた。そのことは、ニューヨーク・グッゲンハイム美術館の記憶の断片として、このブログにも記している。
カンディンスキーの代表作品として、なにを思い浮かべるかは、恐らく見る人によってかなり異なるのではないだろうか。今回出展された作品だけを見ていても、作風がずいぶん変化していることに改めて気づかされた。私が好きなのは、カンディンスキーが、コッヘルーシュレードルフ Kochel-Schlehdorf 、ムルナウ Murnauなどで山を描いた作品だ。
そして、さらに今回展示されていた一枚の作品『ムルナウ近郊の鉄道』を見たとたんに、思い浮かんだのがキルヒナーとのつながりであった。ベルリンへ移ったキルヒナーは、1912年の第2回「青騎士展」」に出展している。
カンディンスキーのこの作品では、真っ黒な蒸気機関車が画面を横断するように、ばく進している光景が描かれている。背景には煙突のある城館のような家と山が見える。カンディンスキーとミュンターが南ドイツ、ミュンヘンに近いムルナウという小さな町に住んでいた頃、高台の住居からは、いつも眼下にミュンヘンとガルミッシュを結ぶ鉄道を走る機関車を見ることができた。彼らにとって、いわば日常の光景だった。
1980年代のある年、ミュンヘン、インスブルックに住む友人たちを訪ね、ガルミッシュ・パルテンキルヘンと呼ばれるこの地域(現在2011年世界アルペン開催中)を、車と鉄道で旅したことがあった。晴天に恵まれ、世界にこれほど美しい光景があるのかと思ったほど感動した素晴らしい旅であった。
この地の風光絶佳な山岳風景を見ているかぎり、その美しさに魅惑されるだけかもしれない。事実、旅をしている間はそうであった。しかし、改めて、カンディンスキーの描いた背景は鮮やかに美しいが、細部は一切描かれず、ただ黒一色で塗り込められ、ばく進する機関車を目にした時、突然にキルヒナーの『ノレンドルフ広場』Nollendorfplatz (1912)という電車が、ベルリン市内のこの広場で衝突した事件を描いた作品が眼前に浮かんできた。
カンディンスキー、そしてキルヒナーが、1912年、図らずも別々に描いた列車の行方はなにかを暗示したかのようだ。時代はまもなく、第一次世界大戦という破滅的局面に突入する。
Ernst Ludwig Kirchner (1880–1938), Nollendorfplatz, 1912, Öl auf Lwd.; 69 x 60