Robert J. Gordon, The Rise and Fall of American Growth, Princeton University Press, 2016, cover
アメリカ大統領選は、多くの政治評論家の予想とは異なるかなり思いがけない結果になった。選挙前、かなり直前まで、トランプ、ハリス両候補のどちらが勝利するにしても、投票結果は僅差という予想だった。しかし、実際にはトランプが激戦州全てを制し、かなりはっきりした差違となった。
この度のアメリカ大統領選では、トランプ、ハリスのいずれの候補が当選しようとも、勝利の確定までには前回以上の時間を要し、アメリカ社会の分裂・分断は更に進行し、世界におけるアメリカの地盤低下は避け難いとされてきた。しかし、結果はご存じの通りとなった。一部の世界的メディアの中には、手回し良くトランプ圧勝の予定原稿ができていたようだ。ハリス候補側も僅差とは言い難い票数での敗退もあってか、前回の大統領選での得票数をめぐる訴訟などは今のところ起きないようだ。
The Economist, November 2nd-8th 2024, cover
ひとつの政治的ポストをめぐる争奪が、その評価は別にしても、世界的にこれほどの大きな衝撃的動きを引き起こすということに、強い印象を受ける。かくして、「アメリカ・ファースト」を臆面なく掲げる大統領の時代が始まる。
「アメリカ・ファースト」は実現するか?
「アメリカ・ファースト」 America First という考えは、ドナルド・トランプが最初に言い出したスローガンではない。アメリカの政治史を回顧しても、孤立主義を背景とする政治・外交政策として、第一次世界大戦の戦間期、1918年から1939年にかけて、さまざまな次元で提唱されてきた。ウイルソン大統領の政治的中立を表明したスローガンなどが直ちに頭に浮かぶ。その後、多くの場面で、第二次世界大戦への非介入、孤立主義、独立的立場などを主張する言葉として使われてきた。
2016年以降は大統領選挙に出馬したドナルド・トランプがこの言葉を多用してきた。実際、いくつかの国際条約、国際組織から脱退したことにより、再び注目を集めるスローガンとなった。
「アメリカ・ファースト」を掲げる政策が、実際にいかなる成果を上げるかは、特に評価の基準があるわけではない。過去のアメリカを例にとると、国家の繁栄、拡大を測定するには、経済的成否、成果に求められることが多いようだ。
経済成長が測定できる時代に限ると、アメリカでは1870-1970年のほぼ100年が「特別な世紀」special century とされ、その後は成長率は低下傾向を続け、明らかに上昇反転、明白な拡大期の再来を示すことはなかったとされる。この点は、今回参照したゴードン*などの研究によってほぼ立証されている。
700ページ余の膨大な研究書だけにに、詳細に立ち入ることはできないが、この時代の間に、アメリカの生活、労働実態は顕著に改善され、情報・通信技術なども明らかに進歩を見せた。しかし、この時期の後は、経済成長は傾向として改善することはなかったと結論づけられている。
他方、食料、衣服、小売、住宅、輸送、健康・疾病予防、労働条件などの分野は、概して内容の実質的改善があったが、全体の国力、経済力などが、顕著に向上したわけではなかった。個別の改善は必ずしも全体の向上、発展につながらないという指摘である。
こうした中で、中国、ロシアなどの国力低下も別の理由から進行している。ヨーロッパ主要国、日本などの政治的、社会的分裂、衰退も改めて記すまでもない。ウクライナ、イスラエル、パレスティナなどの戦火は絶えることなく、地球温暖化など気象条件の悪化などを含めて、世界は明らかに分裂、衰退の道をたどっている。
「アメリカ・ファースト」は、今後いかなる道筋をたどり、どんな結果に終わるのだろうか。既に公言されている関税の大幅引き上げ、国内産業の保護強化、移民の入国制限など、保護主義的な政策のみが話題となっているが、(あまり期待できないが)世界を主導するようなアメリカの理念や未来像は提示されるのだろうか。「アメリカ・ファースト」の視野の下では、他の地域へは最低限の関心に留まるのか。
こうした事実の分析と提示の上に、浮かび上がるのは、人類は「進歩しているのだろうか」という問いである。「進歩」Progress とう概念は、経済面に限らない多くの次元を含み、概念の特定化が困難である。論者によって視野が異なる。今後の検討、議論の展開にまちたいと思う。
REFERENCE
Robert J. Gordon, THE RISE AND FALL OF AMERICAN GROWTH: THE U.S.STANDARD OF LIVING SINCE THE CIVIL WAR, Princeton University Press, 2016, pp.762
*図らずも今年のノーベル経済学賞は、このテーマにも関連する国家の繁栄と制度の関係についての研究を行ったマサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授とサイモン・ジョンソン教授、それにシカゴ大学のジェームズ・ロビンソン教授の3人に授与された。
スエーデン王立科学アカデミーは、ヨーロッパの植民地で導入されたさまざまな政治・経済制度を検証し、国家間の繁栄に大きな差があることについて、社会制度の根強い違いがひとつの重要な原因になることを明らかにしたと評価している。