完成度h
次の名画2点、どちらが先に描かれたでしょう
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《ダイアのエースを持ついかさま師》
パリ、ルーヴル美術館
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《クラブのエースを持ついかさま師》
フォトワース、キンベル美術館
ラ・トゥールはひとつの主題を、さまざまな角度や色彩で描いたことで知られる。《ヴィエルひき》《イレーヌに介抱される聖セバスティアヌス》などの例がある。
一度見たら忘れられないと言われる上掲の《いかさま師》シリーズにも《ダイアのエース》、《クラブのエース》が存在することが知られている。いづれも画家の真作であるとほぼ評価は定まっている。前者はパリ・ルーヴル美術館、後者はアメリカ、フォトワース・キンベル美術館が所蔵している。パリ版はブロンドの色調が目立つ明るいフォトワース版に比較して、画面全体が暗く落ち着いた印象である。描かれた人物は同じだが、衣装なども微妙に異なっている。どちらが先に制作されたかということは、所蔵者そして美術史家にとっても、かなり興味深い問題を提示している。所蔵者としては、どちらかといえば画家の最初の構想が初めてカンヴァスに具体化された作品を所有したいと思うだろう。
一度見たら忘れられないと言われる上掲の《いかさま師》シリーズにも《ダイアのエース》、《クラブのエース》が存在することが知られている。いづれも画家の真作であるとほぼ評価は定まっている。前者はパリ・ルーヴル美術館、後者はアメリカ、フォトワース・キンベル美術館が所蔵している。パリ版はブロンドの色調が目立つ明るいフォトワース版に比較して、画面全体が暗く落ち着いた印象である。描かれた人物は同じだが、衣装なども微妙に異なっている。どちらが先に制作されたかということは、所蔵者そして美術史家にとっても、かなり興味深い問題を提示している。所蔵者としては、どちらかといえば画家の最初の構想が初めてカンヴァスに具体化された作品を所有したいと思うだろう。
科学的調査が明らかにしたこと
1997年にアメリカで開催されたこの画家の企画展を契機に、科学的な調査が一段と進んだ。両者のカンヴァスの地塗りは微妙に異なっていて、パリ版の地塗りは3層から成っていることが判明している。赤褐色のオーカーの上に白亜 chalk、そして鉛白が塗られている。他方、フォトワース版は地塗りが1層、白亜で整えられている*。
*ラ・ トゥールの初期の作品《金の支払い》の地塗りは白亜のみであることが判明している。同様な手法をとっていたロレーヌの画家ジャック・ベランジュの影響だろうか。
両者の構図はほとんど同一であり、画家は型紙(cartoon: 原寸大下図)を用い、いずれか一方から他方へ転写したのではないかと想定される。もしそうならば、転写された図柄に応じて、画家はその後、薄い茶褐色などの線で輪郭を確認して描き、製作を続けたのではないかと推定されている。これらの点、さらに下掲の調査などの結果から、フォトワース版の方が、パリ版より先に制作されたのではないかとの説が有力視されてきた。
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画家のパレット:
フォトワース版では、画家のパレットには鉛白、鉛錫系黄色タイプの顔料、藍銅鉱 アジュライトazurite、ヴァーミリオン(朱色)、赤および黄のレーキ、オーカー、木炭系黒色などがあったようだ。
パリ版では、鉛白、鉛錫系黄色タイプの顔料、アジュライト、ヴァーミリオン、赤黄色系レーキ、ヴァーミリオン・赤オーカー、カーボンあるいは骨黒色顔料が使われたようだ。
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ラ・トゥールは当時入手できた上に記したような顔料などを使いながら、同一のテーマで制作したと思われるが、フォトワース版では、赤のエプロンとくすんだ黄色が注意深く使われ、画面全体に明かるい輝きを放ち、統一性が感じられ、クールに見えるとの評価がある。
画家のパレット:
フォトワース版では、画家のパレットには鉛白、鉛錫系黄色タイプの顔料、藍銅鉱 アジュライトazurite、ヴァーミリオン(朱色)、赤および黄のレーキ、オーカー、木炭系黒色などがあったようだ。
パリ版では、鉛白、鉛錫系黄色タイプの顔料、アジュライト、ヴァーミリオン、赤黄色系レーキ、ヴァーミリオン・赤オーカー、カーボンあるいは骨黒色顔料が使われたようだ。
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ラ・トゥールは当時入手できた上に記したような顔料などを使いながら、同一のテーマで制作したと思われるが、フォトワース版では、赤のエプロンとくすんだ黄色が注意深く使われ、画面全体に明かるい輝きを放ち、統一性が感じられ、クールに見えるとの評価がある。
他方、パリ版は、かなり大胆な色彩コントラストを実現している。しかし、召使いのブリリアントな赤色のスカートは暗い青緑色の胴着と金色のターヴァン、そしていかさま氏の上着と合わせてみると、配色バランスが悪いとの見方もある(Gifford et al, 1997, p.245)。
このふたつのヴァージョンでは、大きく異なる点は召使いの帽子、エプロン(胴着)、いかさま氏の上着の装飾、騙される若者の衣装などである。
カンヴァスに込められた画家の思い
いずれにしても、この二つの作品は画家が、同一テーマを同じ構図で制作した作品例として、今日に残る数少ないケースであり、画家が制作に際して構想、企画、制作、変更などの点で、さまざまに考えを巡らした内容が凝縮してうかがわれる貴重な例として興味深い。
二つの作品を比較して、主としてスタイルの観点から、パリ版の方が最初に制作されたと主張する1974年のBenedict Nicolsonの説もあるが、どちらかと言えば今では賛同者が少なくなっている。フォトワース版でのX線調査においても、その点を裏付ける事実が発見されている。制作途上で塗りつぶされた残像 pentimento*が多いなどの点でもフォトワース版の方が先きに制作されたとの評価が妥当と考えられている。
*ペンティメント pentimento (Italian)
「悔やんでやり直したもの」という意味。制作途上で描き直された線や色彩の跡をいう。繰り返し描かれた描線や絵具の下層に透けて見える修正箇所である。画家の制作過程を知る上で、作品の評価・鑑定上も重視される。画家の初発的な芸術意欲の反映とも見られる。
フォトワース版では召使いの帽子の上が切断されている。これは見る人の視線が、描かれた人物に集中して画面が引き締まるとの当時の考えが反映したものだといわれ、同様な例は他にもある。現代人の目、少なくも筆者にとっては、人物の頭上が詰まっていて窮屈な感が否めない。もったいないことをしたなあとの思いもある。作品によってはこうした考えを反映して、切断された部分を修復時などに付け加えた例もある。この点、パリ版は人物が全体としてゆったりと収まっていて完成度は高いように見える。
いずれにしても、この二つの作品は画家が、同一テーマを同じ構図で制作した作品例として、今日に残る数少ないケースであり、画家が制作に際して構想、企画、制作、変更などの点で、さまざまに考えを巡らした内容が凝縮してうかがわれる貴重な例として興味深い。
二つの作品を比較して、主としてスタイルの観点から、パリ版の方が最初に制作されたと主張する1974年のBenedict Nicolsonの説もあるが、どちらかと言えば今では賛同者が少なくなっている。フォトワース版でのX線調査においても、その点を裏付ける事実が発見されている。制作途上で塗りつぶされた残像 pentimento*が多いなどの点でもフォトワース版の方が先きに制作されたとの評価が妥当と考えられている。
*ペンティメント pentimento (Italian)
「悔やんでやり直したもの」という意味。制作途上で描き直された線や色彩の跡をいう。繰り返し描かれた描線や絵具の下層に透けて見える修正箇所である。画家の制作過程を知る上で、作品の評価・鑑定上も重視される。画家の初発的な芸術意欲の反映とも見られる。
フォトワース版では召使いの帽子の上が切断されている。これは見る人の視線が、描かれた人物に集中して画面が引き締まるとの当時の考えが反映したものだといわれ、同様な例は他にもある。現代人の目、少なくも筆者にとっては、人物の頭上が詰まっていて窮屈な感が否めない。もったいないことをしたなあとの思いもある。作品によってはこうした考えを反映して、切断された部分を修復時などに付け加えた例もある。この点、パリ版は人物が全体としてゆったりと収まっていて完成度は高いように見える。
しかし、これで決着がついたわけではないところが、面白い。今後新しい発見があれば、この順番は逆転する可能性も十分残されている。17世紀の人と現代人の審美感も同じとは保証できない。制作された17世紀当時の人々の美的感覚が如何なるものであったかを追求したい。「同時代人の眼に立ち返って見る」という視点は、ブログ筆者が絶えず心掛けてきた考えである。そのためには、画家と作品を取り巻く状況を可能な限り調べたいと考えてきた。
さて、改めて上の2点の作品の前後関係、皆さんはどう思われますか。
続く
続く