『ワンス・ウォリアーズ (文春文庫)』
ニュージーランドのどこかの街の一角に住むマオリの家族の物語。かれらはマオリ社会の中でも奴隷階級、植民地支配の中から社会の底辺に組み込まれ、酒と暴力とよるすべのない生活の中で生きている。主人公のベスは血筋の良いマオリのようだが、奴隷階級の夫のジェイクと結婚したばかりに、夫の失業し酒と暴力に苦しむ。挙句の果ては酒の上で娘のグレイスを強姦、グレイスは自殺してしまう。長男ニグは一見マオリのアイデンティティを強化するグループにはいるが、実は単なるギャング、顔に伝統の入れ墨を入れるが、その摺師は白人。夫のジェイクを追い出した妻のベスは今流行りのキーワードで言えば「子ども食堂」をはじめて、地域の支援をえて一縷の希望を見出そうとする。
ラグビー・ワールドカップのオールブラックスのハカが話題になっているが、本書の登場人物たちの中にもハカはが登場する。長老たちはグレイスの葬儀などでマオリの「伝統」を呼び覚まそうとするものの、彼らを取り巻く状況はそうしたことを許してはくれない。マオリの誇りを蘇らせようとするが、それほどのパワーは見いだせない。
1990年代のニュージーランド・マオリの状況を告発したと思われる小説、映画の原作ともなった。昨今、オールブラックスのハカが注目され、ニュージランド国歌の一番はマオリ語で歌われるのだが、それでも、都市居住のマオリの状況は決して楽観を許さないことがわかる。
わたしは、1980年代にニュージーランド各地をまわり、2000年代に再び訪れ、マオリ社会に注目しているのだが、たしかに、80年代のオークランドのダウンタウンのマオリのたむろする若者の様子と〇年代の街の様子は全く違うことは理解できるし、ニュージーランド社会は大きく変わってマオリの権利が大きく認められるようになった。また、15%にも及ぶマオリ人口の規模はニュージーランド社会にとって大きな存在感があるといえるのだが、それでも、マオリアイデンティティを必ずしも見いだせない社会階層下位のマオリの存在は消して解消されていないことを記憶しておいて良いと思う。
原題はOnce Were warriors、かつて戦士だったかれらのエネルギーはどちらに向けられているのか。日本社会の中でも経済的格差が大きい状況とも共通の課題は解決できていないと思う。