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桜と絵本と豆乳と

フォロワーたちが動き出す物語

2014年09月11日 | 読書
 「2014読了」93冊目 ★★★
 
 『平成猿蟹合戦図』(吉田修一  朝日文庫)


 文庫化を待っていた作品。
 よく見たら3月に出ていたのだった。朝日文庫というのが渋いなあ。

 ユニークな題名。
 「仇討ち」的な要素があるのだろうか。
 ただ、サスペンス物だったら小説の多くはそういう構造を持つのは当然かとも思った。

 吉田修一の小説は、今の社会構造の複雑な模様を下地にしながら、話によってトーンの明暗が意外にはっきりしている。
 これは明るいパターン、描く時代はちがうが『横道世之助』に似た雰囲気があった。

 読み始めて思わず惹きつけられたのは、舞台として我が秋田県の登場である。
 県北部の大館市が抱える状況は、県内のどこにもある問題で(もちろんそれは国内各地にある)、一つの「対決」の構図としては典型なのだろうと思う。

 そうはいっても、訪れたことのある、少し風景の見える県内が取り上げられたのは嬉しい。・

 その大館に暮らす奥野サワという九十六歳の老婆。
 この存在が、いわば語り部の役割を担って、時代背景と展開の核となる状況を語っていることが、あとあとになってわかってくる。

 浜本純平という若者が、裏社会から表社会へ劇的に変換していくストーリーというとらえ方もできる。
 現実にはなかなかあり得ない話だが、こういうキャラクターを持つ男はどこにもいるし、その可能性を生かすも殺すも周囲との関わりだなということは感じられる。
 これは、リーダーというより、フォロワ―の、フォロワ―たちが動き出す物語と言ってもいい。

 その意味では、考えようによっては、疲弊した地方復活のヒントにもなるかもしれない。
 もちろんエンターテイメント色も強く、痛快な読後感もある。「猿蟹合戦」ね、納得という感じか。


 さて、作者より年齢が高いので、知ったかふりで時代考証をして、あれっどうなのかと思う箇所が一つあった。

 それはサワが、自分の長男が上京するのを大館駅で見送った後、美容院に入る場面だ。
 「ポスターには当時人気のあったテレビ女優が写っていた」という表現がある。

 しかし、その設定は「一九五○年代後半」とある。
 これは、少し無理がないだろうかと思った。
 テレビが当時の大館になかったとは言わないが、地方の農村では爆発的な普及は少なくともとも60年代前半ではないのか。

 気になって調べたら、NHKの大河ドラマも連続テレビ小説もやはり60年代からだった。しかしテレビドラマ(生放送)は、確かに50年代後半も放送されている。
 そのラインナップをみながら「人気のあったテレビ女優」をしいてあげれば、十朱幸代か、いや頻度からは小林千登勢か、と渋い名前を挙げておしまいとする。