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損得勘定で不寛容になっていく

2019年03月19日 | 雑記帳
 日曜午後『あまちゃん』総集編を放送するとあったので、久しぶりに見たいなと思い録ろうとしたら、番組表に「前半のみで、後半の放送はしません」といったクレジットが…。ははあん、ピエール瀧問題か。とすぐ気づく。それにしても自粛が半端ない。坂本龍一のように発言する人もいるが、どうも流されている。


 芸能人の不祥事問題は、起こればすぐに放送禁止、発売禁止、再収録などと騒々しくなる。関心がなくとも溢れ出すように情報が流され、なんとなくそれが普通と思わされてしまう。しかし、今の社会の反応はおかしいと感じる人も少なくないだろう。暴力や不適切な言動が拡がらないためという理由は、薄っぺらだ。


 おそらくは、制作側や発売する側が様々なクレームに対抗するため、イメージを悪くしないために自粛している。情報化社会の進展が大衆個々の感情を垂れ流す場をどんどん拡げ、あっという間に、作りあげられるダーティーな印象に染まらないように、最終的に「被害」を最小限にしたい損得勘定ではないだろうか。


 商売に関わることに限らず、政治家、公務員、有名企業人などの不祥事の場合も同等だ。何かちょっとした問題があれば、まるで全人格が否定されるように、世の中が動く。集団で足を持って引きずり落とすようなイメージが浮かぶ。足引っ張りは昔から根強くあったが、ネットによって雪玉のように膨らんでいくのだ。


 こうした不寛容な社会の危険性は高くなる一方だ。些細なミス、思わず犯した過ち…反省や代償の場を与えるよりまず先に攻撃し沈没させるような意識を高揚させている人だらけだ。ハラスメント社会とはよく名づけた。人を嫌がらせることで自分を納得させ、満足する。それは他者への想像力の貧しさの裏返しだ。