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日々是好日・スローライフ(寅さんの柴又から発信)

・日常・創る・彩る・考え・綴る
・フジノ会・探検団・かめの会(俳句)
・家庭菜園 ・ めばえ・成長・収獲

編集後記・ある読者の記事「俳句の勉強」

2022年02月09日 | 文学  コラム・エッセイ

通勤時間に俳句作りで技量の向上
我は、blogの中で詠んで季語と睨めっこ

 

 


ラジオ深夜便2月号に掲載されていた。
👇

 

 

ある読者の記事  あとがきから

*俳句が趣味で、一日一句を自分に課しています。通勤の日の作句は、帰りの電車
からで最寄りの駅の十分ほど手前
か『歳時記』素案造り。

帰宅後に湯船で推敲します。
家族に長風呂だと叱られながら、風呂上りにアプリに記入します。

去年2月から始め、今のところ、何とか目標を達成しています。
何句作ってもベスト一句。

この勉強法が掲載されていた本には「一年続けたら一段とレベルアップ」とありましたが、
御陰で俳句作りがスムースに行くようになりました。

二年目目指して頑張ります。  (A・K)

 

 

 

私(縄文人)の作句・勉強方法。

  AKさんの句づくり勉強方法を読み、励ませられるとともに、なるほど合点し理
解した。私はブログ記事や写真等を読みながらその内容を投句、またコメント欄に皆
さんへ俳句・短歌で返信に交えてするように心がけています。

俳句には季語も入れなければという制約があり17文字ではとてもまとめきれないと
きがあります。そんなときには5・7・5・7・7の31文字(短歌)衣替えしてウ
イングを広げてコメントすることに心掛けています。

この即興に句づくりが、上達への一歩と考えています。皆さんへの辺コメントに駄句
が綴られていますから、俳句の勉強だと思いお付き合いください。よろしくお付き合
いください。季語なし俳句もあります・・・・。

その他に、ポケットに手帳を持ち歩き、思いついたときメモする、また枕元にはメモ帳を用意しておき、
寝る前に作句する。これ等が案外と効果的です。

 

 

blogの中に織り込んだ5・7・5  です。

ヒキノさんからはこのように辺句(5・7・5)で頂きますので
大変参考になります。

 

 

 

 

コメ欄はopenすです。
いつもお越しいただき有難うございます。

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随筆集・「柿の種」

2021年12月24日 | 文学  コラム・エッセイ

上皇さま、88歳、歴代天皇で最長寿

朝は寺田寅彦・随筆集『柿の種』音読

 

 

上皇さまは23日、88歳の米寿の誕生日を迎えられた。

上皇后さまは、朝食後には、寺田寅彦・随筆集『柿の種』を音読される
日課と報ぜられた。

一体どんな随筆集『柿の種』!?とは・・・と、興味を抱くのが
一般的な日本人であろう。

『柿の種』なる随筆集はいったいどんな本であろうか・・・・気になった。

図書館に行けば備え付けてあるだろうが、こんな時はなかなか手に入らない、運の相場!?。

そんなこととて検索を試みた。

ラッキー!!なんとその全文?が載っていた。

とりあえず、50ページを印刷し試し読みにすることとし、作業に取り掛かった。




縄文出版KKのネタ本

 

 

『 柿の種 』について

内容は短編随筆集で、後期高齢者にはもってこいの読み物!?
ピックupし3点のみを紹介いたします
   

① 気象学者が cirrus と名づける雲がある。
 白い羽毛のようなのや、刷毛はけで引いたようなのがある。
 通例巻雲けんうんと訳されている。
 私の子供はそんなことは無視してしまって、勝手にスウスウ雲と命名してしまった。

(大正九年十二月、渋柿)

② 人殺しをした人々の魂が、毎年きまったある月のある日の夜中に墓の中から呼び出される。
 そうして、めいめいの昔の犯罪の現場を見舞わせられる。
 行きがけには、だれも彼も
「正当だ。おれのしたことは正当だ」
とつぶやきながら出かけて行く。
 ……しかし、帰りには、みんな
「悪かった。悪かった」
とつぶやきながら、めいめいの墓場へ帰って行くそうである。
 私は、……人殺しだけはしないことにきめようと思う。

(大正十年二月、渋柿)

 
③ 鳥や魚のように、自分の眼が頭の両側についていて、右の眼で見る景色と、左の眼で見る景色と別々にまるでちがっていたら、この世界がどんなに見えるか、そうしてわれわれの世界観人生観がどうなるか。……
 いくら骨を折って考えてみても、こればかりは想像がつかない。
 鳥や魚になってしまわなければこれはわからない。
(大正十年四月、渋柿)
 
  以上3点を紹介いたしました。
  受け止め方は、それぞれ個人によって異なりますので、興味のある方は、その筋から入手してください。ググっても可能です。
 
 
◎拾い読み・試し詠みした結果

   高齢者にはあまり頭を使わなくて良き読み物、
    1⃣、成程・・ああソウデシタカ、
    2⃣、くすんとするようなユーモア性、  
    3⃣、短い、読みやすい
  等の内容について見当を得た。
  後日図書館または単行本を購入することといたしましょう。
      
 
 
 
余談 ➡『柿の種』を探している時に目に入る。

  『夏目漱石先生の追憶』

 これは、伊集院静氏「みちくさ先生」・日経新聞連載。

新聞を購読していたので読みましたが、ネタ本と言えば大袈裟ですか・・原点?

正岡子規・夏目漱石・寺田寅彦を中心人物として構成されています。

そして夏目漱石が熊本第5高等学校時代に如何に優秀で、生徒たちに信頼を受け
偽らざる内容、それ以後が寺田武彦から夏目漱石や友人を見た私的部分が満載に成っています。

漱石先生は、生徒たちのモテモテで、講義内容は人気で際たち良好に講義を成され
その日常が寺田寅武彦の筆によって忠実に描かれている。

寺田寅彦が、夏目漱石先生宅に”書生”として置いてもらったなら、我が人生はもっともっと違った
道を歩んだことでしょう・・・
等の内容が詳細に綴られてます。
以上
 
 
 
 
 
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逆光・河川の流れ

2021年10月29日 | 文学  コラム・エッセイ

川が流れる、川が光る、スカイツリーが見える
堤防の中を川が流れる。

 

 

最近は家にこもることが多くなったが、
それワン、ツウ、スリーと気合を入れて夕方散歩に出かけました。

いつものように西へ方向を定め、新中川の土手周辺を歩くことにした。
太陽は西に傾き眩しく、人影は長く、東京スカイツリーを照らし出してた。

新中川土手の左岸を、東の総武線方向にウイングを執った。河川超しに西の方向を眺める
と、大きな鏡が照り輝くように、河川水面が逆光となって、我が顔面を照らし突けた。

🎵 知らず知らず 歩いてきた
細く長い この道
振り返れば 遥か遠く
故郷(ふるさと)が見える
でこぼこ道や 曲がりくねった道
地図さえない それもまた人生
ああ 川の流れのように ゆるやかに
いくつも 時代は過ぎて
ああ 川の流れのように とめどなく
空が黄昏(たそがれ)に 染まるだけ

 

美空ひばりの歌を思い出しながら、思うことしきり!
「故郷が見える」「でこぼこ道を歩いてきた」「心の中も西日に染まる」

我が住まいを此処・・東京・葛飾区に居を構えた時、
まず気が付いたことは、川(水)は土手を築きその中を流れていた。(下のイラストを参照)

わが故郷は山の中、荒川の源流地域・秩父です。
学校の行き帰り、農作業の折、川遊びで見てきた河川は、はるか眼下の崖の下だった。

川は蛇行するように流れが速くそして清く、小石、大石がゴロゴロと、
今眺めている此の新中川の河川とは全く形状が異なっていた。


 

 

ここ新中川の都市河川を見ると、人間が住む場所が、川の流れの水位より
低地、低いところに住んでいる。故郷秩父の源流域とは逆でした。

そしてもっと驚いたことは、潮の満ち干で河川が下流から上流に逆流することでした。

 

最近は温暖化現象にて、異常気象が続き、線状降水帯との新語も生まれ、
降り出した雨は長きにわたり、また豪雨となって、あっちでもこっちでも水害の発生をもたら、

被害が回復しないまままた2次災害が襲うことが極めて多くなった。

 


大きな鏡のように、河川が輝く!

 


   東京に住みて驚いたこと!!
①土手を築いてその中(流域)を流れ海へ。  ②ある時は、潮の満ち干で、逆流す。

 


川の上流域


平坦地の河川状況

 

 

川や河 ゆったり流れ 海注ぐ (縄)

 

 

 

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中学生の国語の時間

2021年10月23日 | 文学  コラム・エッセイ

「ススキの波」&「若葉」

文集のタイトルとして、どちらを選びますか

 

 

 


「ススキの波」

 


「若葉」みなぎる萌えんばかりのフジバカマ

 

 

中学校を卒業を控えた3年生「国語」の時間でした。

中学校の3年間の思い出に、文集を発行しましょうとの最後の詰めタイトルを決める時でした。

「すすきの波」と「若葉」が最終候補に残った。

 

 

▲ 文集の「すすきの波」や若さ無し

                 未来を託す「若葉」にしたら!  (先生)

 

 

色々とスッタモンダして居ると、先生が上記の様な言葉を投げかけてきた。

君たちは”若い”これからグングンと成長していく。

先生は、どちらかと言えば若さの漲る「若葉」がいいな!”萌”もえんばかりの!

文集は、タイトルによって、大きく左右されます表紙により価値が定まります・・・と

・・・・・言葉を投げかけて国語の時間を終えた。

 

 

1昨日の朝方、散歩に出ました。

近くの新金貨物線(新小岩~金町間)を走る鉄路の脇を通り過ぎた。

線路わきの土手を見上げると沢山のススキと近くの公園に緑のフジバカマが風に揺れ

朝の光をいっぱい受け元気に育っていた。

フト~・・・、あの先生の国語の時間を思い出した。

『ススキ・・”おれは河原の枯れすすき”、若者らしさがない!』

『緑のフジバカマ・・元気よく公園に覆わんばかり威勢が良い、今花が咲かんばかり!』

 

国語の先生はこの辺の読みを将来について見通して・・・、我々に語って

指導してくれたのだと思い起した。

 

 

国語の時間の翌日、ホームルームの時間にタイトルが

【わかば】に決まった。

あの文集は、本棚のどこかに仕舞い込んで在るはず~~探してみよう。

回 想
・・??ーー。。!!・・・・先生の顔

 

 

 

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ブログを書く、綴るなぜ16年も!?

2021年10月06日 | 文学  コラム・エッセイ



ブログを書く、綴る、掲載すると言う作業
「何故・どうして」10年、15年、17年と続いたのか
!?

 

 

blog人口は、凡そ1,138万人とのことです。

日記、エッセイ、俳句、鳥、山、趣味等の写真など纏め記事にして、
1本あるいは2本とUp(掲載)されます。

このようにblogを書き続ける目的、心の動きが、筆者として
未だつかめ切れていない現実です、・・・でも書き続ける。

 

このように目的も、必然性もわからなく書き続けた16年は、いったい何がそうさせたので
あろうか?心の根底で作用するものは一体何なのであろうか。

ただ書き続けるということだけでなく「ブログの魅力」を私なりに4項目に
わたって列挙しました。下記の「ブログの魅力」参考にしてください。

 

・・・が、しかし何故続くのか、何故綴るという目的、要因の本心が未だ分かっていない、
理解していない。

これらを解きほぐすべく日夜考えたが、本心が解らない。

書き続けるエネルギーは何なのであろうか、大ベテランの皆さんのお力を
借りたくて再度登場UP致しました。

『皆さんが書き続けてきたblogとは、何故、どうしてここまで続いたのか 』その目的、
要因をお聞かせ願えれば、筆者(縄文人)として喜びです。


コメント欄をOPENにしました。忌憚のないご意見をお寄せください。

 

 

 

(見やすいように「ブログを綴る」を繰り上げて、次ページにしました)

 

 

 

 

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==blogを綴る

2021年10月06日 | 文学  コラム・エッセイ

blogの魅力

書く、書き留める、記録する、綴る、写真添付、交流、見て聞いて

 

 

ログは、誰でも作れるホームページで、
其の魅力は『誰でも作れるホームページ』に留まりません。

「blog]=ブログという言葉を耳にする機会が増えた16年~17年?ほど前でした。

『ブログ』とは『web』[log](nikki)no[weblog]を略して『blog』
(ブログ)となった。

私のblogとの出会いは、「”05、7月」で、以来16年に成り、
良くここまで続いたものと思っています。

ブログの魅力は、コメントや、トラックバックを使うことによって
多くの人と意見や感想の交換が出来る。

「俺blogの虜になってしまった」ということをよく聞く。

blog人口は、凡そ1,138万人とのことです。


の魅力の根源は、いったい何処にあるのか探ってみた。

  ①、日記の発想転換。
昨今までは、日記は自分で書き綴って秘匿しておくものだった。日記の公
開することによって、書くことの意識が高まった。


 
②、瞬時にして写真、文章が駆け巡る。
世はまさにスピード時代といわれますが、
書きとどめておいたまのを時間
差で読み取れること。



③自己顕示欲を満喫できる。 
 趣味、考え方、論評、感想を自由に発表できる。誹謗中傷の禁止

④書くことの楽しさ・・ブログを書き終えると心が静まる。
123については既に多くが論じられている所で3の書く楽しみとはいっ
たいなんであろうか。書くことによって、「心の整理、心の鎮まりを自ら植え付け」
ているのであろうか、書く魅力です。


ある”ご婦人《B》”の、例を挙げて考えてみたい。


ご婦人《B》さんは夫に先立たれ、庭の草花をや野菜栽培に趣味として1日を
過ごすようになった。

春先になると、面倒見た草花が時季を異なって見事な花を付け、また植えたトマト・
ナス・キュウリが育ち大きくなり心を慰めてくれる。

そんな生活を1~2年していくうち何か、心の中に空白ができた。どうして其の
空白を埋めようかと迷った。

そんな時、一日の作業日誌を書くことに気が付いた。年月が過ぎるにしたがって、
作業のことから、花の名前、花と野菜の栽培方法、肥培管理そして少しずつ
スケッチを添えるようになったという。

《B》さんは草花や野菜を丹誠込めて育て、記録する、スケッチをする、
そんな時に友達からPC=blogについて知った。これらを教えてくれる講習会をも
探し当てその講座に通い詰め一心に勉強した。

これらを日記風に書き改めていると、心の隙間が徐々に消えていった。書き綴った
大学ノート5冊余もパソコンに取り込んでいつでも見られるようになった。

それがフトした事から、書きとどめて置いた大学ノートの記録が資料となって、
本としてまとめ上げられた。


栽培によって気が紛れ、書くことにより癒され、blogの効用を知り得た。


自主出版

 

blogが《B》さんの全ての中心を担って回転しているのかも知れない。

筆者(縄文人)も、同窓会誌を作ったり、句会の「5・7・5自選集」を編集したりして、
PC(blog)の無い人生なんて考えられないほど便利しています

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

SNS上の扱いで、2020年5月、人気リアリティー番組に出演していたプロレス
ラーの方が、番組内での言動を巡っ誹謗中傷を受け、亡くなった。

LOgにおいても、誹謗中傷は有ってはならない。

 

 

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半歩遅れの読書術

2021年08月28日 | 文学  コラム・エッセイ

トイレで読書

日経・8/28、読書欄

 

 

トイレに手ぶらで行くことができない。新聞があれば新聞を、

他人の家に泊まった時は困る。「この新聞、トイレにもっていっていい?」と

訊ねることが憚(はばか)れるからである。

 

私は家にはトイレ文庫がある。トイレ本の条件は、読みきりの短いコラム
やエッセイを集めたもの。さっと切り上げて出られるからだ。

面白すぎて頁をめくる手が止まらなく便座に長く居座ることもある。
これは、作家「有名な、上野千鶴子氏」の半歩遅れの読書術と、新聞で紹介された。


  パソコンより収集

 

そんなこととて縄文人も新聞を持ち込み「くさい読書術」をまねてみた。
そんなこんなが原因ではなかろうが、便座の電気スイッチが壊れたようだ。

掛かりつけ修理屋さんに来て診断してもらうと「もう部品が
ありません。全取り換えしないと」の診断、工事費占めて
15万円ほどとのこと・・・・。

 

困ったな~どうして九両三分二朱
            全取り換えで思わぬ出費 (縄)

 

これでは『半歩遅れのトイレ読書術』は、当分オワズケ・・・です。

前々から調子がおかし便座、今日来て工事屋さん診断。!!

 

 

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歳を重ねて振り返り見つめる。

2021年08月20日 | 文学  コラム・エッセイ

若い時と八十代、考え方に大きな開き

老境➡億劫、めんどくさい、どうでもいい、あきらめの境地

 

 

 


ここに使用した画像は、静岡県柿田川の風景で、
富士山に降った雨が長~い月日を経て湧き出て多くの緑を養っています。
水と緑の川・・・・「柿田川公園」

 

高齢者になると過去の重要な出来事であったことが、1年あるいは数年経つとその
出来事が入れ替わるか、忘れ去ることが多い。

・・・と、言うことは世の移り変わりが早いのか、いや!時代に着いて
いけない我が身なのかも知れない。いわゆる・・・乗り遅れる。

ある雑誌に「
時代と年齢と記憶力」と言うタイトルで書かれていた。

齢を重ねることは、今まで”こうだ”と思っていたことが少し食い違って見えたり、
現代の事象とかけ離れて脳裏を駆け巡ることがしばしばです。

 

 

 

 

これまでに大切にしてきた事が、どうでもいいと思ったり、
過去に素晴らしいと思っていたものが結構色褪せて見え、鮮度が全く変わっている。


この事は、思考能力が鈍化していることは確かであるが「億劫、めんどうくさい、
どうでもいい、どうせ思うように行かないのだから・・・」の諦めの境地、
投げやり的な思考能力が働いているからかも知れない。

いわゆる人間の「ねばり・踏ん張り・努力」と言う部類のものが年齢とともに
大きく減退するからであろう。

昔と今を見つめる方向性、内容の見方(深度)
に大きな変化があることに気が付く。

 

自分の過去の思い出、家族の団欒、学生時代の友人、社会に出てから
の職場での出来事等は、歳を重ねると別世界のようなて考え方に立つことが多い。

今の価値判断の尺度で昔の出来事を忖度すると、間違った見方する
ことが多々あります。

趣味に、自分の好きなものに打ち込むのも常に身体との相関関係にあることを気づかなければならない。

ほどほどに、まあマア~、八十代の平均寿命を全うして、
なるべく病気をせず健康で、生活も人に迷惑をかけない。

そういう人生や考え方が、常識的な優位に立っことは否めません。
典型的な「大過なく」「健康」との兼ね合いで、覆い尽くされてしまう。

 

 

その違和感、本当に気のせい、老化現象の副産物!?

年齢を重ねるにつれて、「何をするにも億劫になった、めんどくさい
の諦めの境地」は、体力や気力の面でなんとなく違和感を覚えること
は精神的な要因・・・?

その違和感、たしかに今は気のせいかもしれません。
実はあの「認知症」を引き起こす危険信号の可能性かも知れない。
クワバラクワバラ~。

 

 


  ▼ 行く末は楽しく豊か大過なく
                  暮らす幸せ「先ずは健康」 (縄)

 

 

 

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人相顔学&マスク

2021年08月12日 | 文学  コラム・エッセイ

顔はその人の「履歴書」
コロナ禍マスクで顔が隠れ、誰だっけ・・?

 

 

日経新聞に「人生の履歴書」という記事があり毎日愛読しています。

この記事は生まれた時から、現在までの遍歴を綴ったもので、社会的に大成功された立派な方々の履歴です。

笑いあり涙ありどちらかと言えば苦しい時に如何にして切り抜けてきたかという物語です。



若き頃ある上司から、「顔は人の履歴書」だということを聞かされたことがあります。

人間の顔は十人十色、それぞれ個性があります。泣いた顔、怒った顔、悲しい顔、困った顔…
すべて顔に現れ、顔により心を洞察することができます。

20年、30年、60年生きたその遍歴が、風格となって表れているものです。
それは当然若い時と違い歳重ねると、その人の歳相応の心が年輪のように顔に現れている。

したがって、その人と5分会話し顔の動きや目の動向を見ていると、その人が本心で語っているかどうか分かります。

顔はコミニケイションの基本の尺度であるとも言っていた。
「顔は心の鏡なり」なるほどと、昔を懐かしみ回想した。




最近は、コロナ禍でマスクで半分顔が隠れて、顔認証をするのに大変に困りものです。

知っている人が脇を通過しても分からなく、大変失礼することしきりです。

この半分隠された顔を困ったもの・・・!?
如何にみんなに顔を知らしベルカ・・・・・・と、創意工夫している自治体があるという。

市民同士の交流、区民相談の等に大変便利で評判が良いとのことです。

 

それは「自分の顔写真」首にぶら下げるか、ポケットに入れて置きマスクで隠れた半分を補填しようということです。

顔写真を取り出してよろしく

これが市民から非常に好評で、マスクの下の顔を写真で表すことで安心感と親しみ~と、
素晴らしい試みだと話題になっているということです。

そもそも人間は、一人では生きていけない、集団で助け合って生きていく生活こそが、
生き方原点の方程式です。

 

 

 

 

マスクして心が半分隠れをり (縄)

 

 

 

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文士村

2021年06月06日 | 文学  コラム・エッセイ

永井荷風と市川、菅野付近の文士村

東京の文士村について

 

 

葛飾鎌倉図書館に立ち寄り、新聞をチョイト見て一巡して帰ろうとした。

6月の句会、兼題「梅雨」に何か参考書と思いその書庫の前で立ち止まった。

金子兜太著「俳句入門」を手にするとその近くに『荷風と市川』が目に入った。

係員に聞くと今日は緊急事態で開放明けの初日(6/1)で、利用者はご覧の通り係員のみですと,
雑談しながら本貸し出し手続きを終えた、館を後にした

ポチリポチリと読みはじめ、荷風に浸かった。

 

 

永井荷風に関する、本ブログの係わり合い

「東京人」を読み解く 

断腸亭日常 

永井荷風の講演会 荷風忌 

荷風の愛した浅草吉原地区を歩く 

 


  借りた本

 
 わが書庫から取り出した荷風の資料
上の図書とコラボしながら読み進んだ・・・・。
    

本の内容詳細は省きますが、永井荷風が住んだ市川菅野は多くの作家が住んだ文士村でした。
文士村なる語彙があちこちに出てきたのでチョイト調べた。

東京にも『馬込、田端、阿佐ヶ谷』に文士村があり、
どんな作家が住んでいたのであろうか、ちょいと調べてみました。。

 

① 市川八幡文士村

市川市八幡というと、”東京に近い住宅街””商業集積地”というイメージが強いでしょうが、「やわた」
の地名の由来となった「葛飾八幡宮」は、平安時代に創建された由緒ある神社で知られています。


 八幡は、この八幡さまを中心に発展したまちで、八幡さまは”八幡のへそ”ともいえます。
 八幡は、黒松に囲まれた閑静なお屋敷街としての住宅地。
永井荷風、水木洋子、川本三郎、井上ひさし、宗左近、幸田露伴、幸田文、中野孝次、能村登四郎、
安岡正太郎等そうそうたるメンバーが住んでいた。


②大田区馬込文士村

メンバーは日夏耿之介小林古径川端龍子伊東深水片山広子真野紀太郎、北原白秋 三好達治
 
萩原朔太郎 山本周五郎  今井達夫 山本有三 吉田甲子太郎 佐多稲子、
吉屋信子 徳富蘇峰 

三島由紀夫・・
・・等のそうそうたるメンバの名前が見られます。
何と言っても忘れてならないのが三島由紀夫氏であろう。
わが役所の道場に来て剣の練習に励んだことを遠くから眺めたことが有った。


③ 田端文士村

「田端文士村記念館」は、芥川龍之介をはじめとする田端で活躍した文士や
芸術家の功績を紹介する記念館です。

田端は明治の中期以降、小杉放庵、板谷波山といった芸術家や芥川龍之介、室生犀星、萩原朔太郎、
菊池寛といった文士が集い、
「文士芸術家村」を形成していました。

④ 阿佐ヶ谷文士村

阿佐ヶ谷界隈は関東大震災(大正12年)直後から移住者が急増し、住宅地へと変ってきました。
この移住者の中には無名の文学青年たちも数多く含まれ、阿佐ヶ谷には大正から昭和にかけて多くの文士・作家が集まりました。

今はありませんが、阿佐ヶ谷駅前にあったという「ピノチオ」という中華料理店は井伏鱒二・尾崎一雄、
三好達治・太宰治・横光利一などなど、
文士たちの溜まり場だったそうです。

若き日の文豪たちはこの地でお互いを高めあい名作を世に出して行ったのでしょうね・・・と、いうと
美しい話ですが実際のところは酒をのんだり、
無駄話をしたり、将棋を指したり文士にとっては貧しい生活だったそうです。

 

 

 

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