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日々是好日・スローライフ(寅さんの柴又から発信)

・日常・創る・彩る・考え・綴る
・フジノ会・探検団・かめの会(俳句)
・家庭菜園 ・ めばえ・成長・収獲

花嫁街道・烏場山 その6(完)

2011年02月28日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

南の国を連想する≪そてつ≫ 

”そてつ”


周辺に梅の花が咲き乱れていました。暖かい

 葉っぱが青々として常にみずみずしく
暖かいところ、海岸付近に好く育つ、これくらいの知識でした。

花や実を見て驚いた。
これほどまでに大きく花と実の色彩が見事芸術的に咲く花とは思いませんでした。

最初に見た時はビックリした。
「珍しいそてつの花!」と大きな声を掛けたら皆ワット寄って来て画像に収めた。

ある人は、赤い実を食べたことがあると聞きビックリした。
薬用になるとのことです

 

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花嫁街道・烏場山 その5

2011年02月27日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

渓谷と滝


名者川の源流・黒滝


長者川の渓谷


長者川の飛び石

 千葉県の渓谷は山が浅い、水量が少ない
そんなことからこのような飛び石が設けられているのでしょう。

養老渓谷に出かけたときもこのような川を渡る飛び石がありました。

 

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花嫁街道・烏場山 その4

2011年02月25日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

烏場山(からすばやま)山頂

ネーミングに惚れこんで
花嫁街道・花婿街道・婚活川柳・開催中

            若き日を思い出すと涙が・・・・・
     ♪♪瀬戸の花嫁

外房の烏場山は、岩崎元郎さんが朝日新聞で発表され「新日本百名 山」で
一躍脚光を浴びた山です。


しばらく途切れました。地図を再び掲載しました。

 
花嫁街道のシンボル≪花嫁で御座います、ご寄付を≫

☆ 投げ入れた 金の多さで 婿えらび

☆ 彼がいい 彼ならいいわ 俺のこと

 
烏場山山頂


みんな元気に登頂     花嫁・花婿の面々
55年間、2312回登山の偉業

☆ 花嫁の 数の多さや 婿辺しへ


烏場山からの眺め

 ☆ 婚活や 嫁と眺望 見比べて

☆ 二股を 掛けてはならぬ 一直線


モウ一息で見晴台

☆ 見晴らしや 踏ん張り具合で 嫁選び



見晴台にて一休み


アオキの葉っぱ緑濃し

 ☆ あれこれと 見合いはしたが わが妻じゃ

 丸太の階段を暫らく登ると、なだらかで歩きやすい山道が続く。
所々スギの植林地帯も混じるが、このコースの殆どはスダジイ、マテバシイ、タブノキ、クスノキ、
ヤブツバキ、ユズリハなどの照葉樹(常緑広葉樹)の自然林だ。

明るく開けた場所にはエノキ、イロハモミジ、ヤマザクラ、カラスザンショウ、クヌギ、
ハゼノキ等の落葉樹も顔を出す。

「もののけ姫」の世界、とまではいかないまでも、そこそこの「深さ」はあるようだ。

静かで狭い山頂には、木製の簡易ベンチと、可愛らしく首を傾げた花嫁さんの
小さな石像が置かれてあった。

周辺にはサワラの若木、ヤマザクラ、コナラ等の木々が生えているのだけれど、
その間隔が広いので、隙間からの展望は360度だ。

ここで弁当を拡げ花嫁石造の前で集合写真。

 

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少年野球

2011年02月25日 | 文学  川柳、短歌 俳句 詩

選手より母親元気力こぶ

バックネットの裏、土手の中ほどに座り込み黄色い声を出す若き母親
Aさんが声を張り上げるとついでBさん、そしてDさんと
連鎖的に声が鳴り止まない・・・・・・・・。

☆ ようやった 三振空振り 豪語する

   ☆ ホームラン 外野エラーで 草の中

 

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茨城県・常陸太田市里美地区で遊ぶ   5の5 (完)

2011年02月24日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

薄葉沢(渓谷)の滝

奥入瀬渓谷(青森)ミニ版を髣髴させる、見ごたえありました。
第1線に出し、スポットを当ててあげたいような・・・・、連なる滝!!

 


滝の始まりは小さな川、せせらぎが渓谷となり大滝を作る


笠石の滝


岩を巻き込むように、巨大な岩をすべるように
岩に植生する緑が華を添えて



滑リ滝


薄葉沢の滝

ほかに大小の沢山の滝がありましたが割愛しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

滝見物

ルートを里美富士(尾根歩き)を下山し
笠石集落から薄葉沢を下流へと進むおよそ1,30分コースの滝見散策。

葛ハイの仲間も
「これはすごい」、「渓谷としては一級品・・・」「勿体無い、日の目を当ててやらねば・・・」
の賞賛の言葉。

私の見た限りでは”薄葉沢の滝”が圧巻でした。

☆ 滝滝と 滝見る滝は 多けれど
                        薄葉渓谷 滝尽くし

バスの中で、
茨城には有名な”袋田の滝”がありますが滑るように落ちる水を見ていると
上流を見たくなるね!!・と、滝の話になりました。

3月は”竜神のつり橋”・・・・・・だ。

 

 

 

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茨城県・常陸太田市里美地区で遊ぶ   5の4

2011年02月23日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

笠石集落

ひっそりと山懐に抱かれた風景

 
                                                はぜ掛けの丸太
笠石集落のわずかに拓けた棚田


  

笠石は、新田集落のはずれにある大きな石の上にさらに笠の形をした
石が乗っていたことから名付けられたという。
また、水戸藩士・小宮山楓軒の編さんした水戸領地誌『水府志料』の付録として絵図が
掲載されるなど、笠石はその特異性から、江戸時代より地域の人々に知られていて、
地名の由来になるほどに深く浸透していたことが伺える。


風雪に耐え抜いた物置、石垣の上に作られた日当たりよい母屋


軒下に蓄えられた薪材、自然乾燥に任せよく燃えます


ゆったりと干された洗濯物、東京の団地洗濯物とは一味違っていた


廃屋となった牛小屋、マス目の場所が入り口であろう。
右のステンレスが水飲み場。昭和時代の遺物。


南面の土手には福寿草が開いていた

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

田舎ちゅう所はいいとこだ

山がある、谷がある、水が流れる。
わずかな平地に拓けた集落があった。
笠石

我が国においては、川を基に集落が形成され、住民の生活、生産活動は
この集落を単位として営まれるてきた。
・・・・と、ともに、こうした集落の日常の生活は深い家の結び付けにより成り立っている。

笠石集落を歩いて表面的ではありますが、2つの点を見出した。

その1は、住民の深い絆。
道路を歩いていると、笠石集会所から窓をあけて葛ハイ一行を眺めていた。
「どこから来たんだサァ~・・・・・。帰りには寄って来な、ご馳走があるから・・・」と声を掛けてくれた。
開け放たれた窓から見えた瞬景は、テーブルの上に手作りの料理と飲み物、
囲むようにの人々が座っていた。
「今日はの集会だがネェ・・・・」と言葉が返ってきた。
「東京は、寅さん柴又から来ました」と返事を送った。
人情=集会=絆

その2は、建設途上のメーン道路ほぼ完成。
川に沿って連なる1本の道路。
これが拡幅され、曲がっているところは真っ直ぐにし橋を掛け、ほぼ完成の段階でした。
法面に芝生を植え、ガードレールをつければ一級の立派な道路。
笠石も”限界集落”の波が押し寄せてきていることでしょう。
常陸太田市との広域合併により
舗装道路により集落の活性化を見出そうと
一心に取り組んでいた。

 

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茨城県・常陸太田市里美地区で遊ぶ   5の3

2011年02月23日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

木をすぐる=間伐・山で働く・山を育てる


♪ お山の杉の子 ♪

昔々の その昔
(しい)の木林(ばやし)
の すぐそばに
小さなお山が あったとさ あったとさ
丸々坊主の 禿山
(はげやま)

いつでもみんなの 笑いもの
「これこれ杉の子 起きなさい」
お日さま にこにこ 声かけた 声かけた

 


天から日が差さない暗い杉林


間伐されないところから、拓けた(間伐終了)場所を見る


間伐作業が終わった杉林


こんな太い幹も間伐しないとよき林は育成できない


選りすぐって間伐した丸太と横たわる杉材


山仕事の道具を置いたり、休憩や雨宿りする場所


資料画像
間伐作業に励む山林作業員


資料画像
間伐を終えた林は、スクスクと育ち太陽の光をふんだんに取り入れ
見事なまばゆいばかりの人工林を形成します。

 

杉やヒノキの間伐

荒廃を通り越して“破壊”を強く感じたのです。
松は松くい虫に侵され倒木し、杉やヒノキの林は見るのも無残、林の中は真っ暗闇で
陽一つ差し込んでいませんでした。
ただ単調に大地から垂直に細い幹を伸ばし、林床に枯葉や枝が落ちていた。
山に登り、山を愛し、少々林業に関わった者の、はしくれとして涙が出るほど悲しかった。

そんなとき聞こえてきたのが、チエンソウのけたたましい木霊する音でした。
「ギャンギャンギャン、ブルルンルン、ブンブンブン」
「ギリギリギリ、メリメリ・・・どさん・・・」
伐採した材木が横たわり、林床に陽が差し込む間伐林のパラダイスを見た。

付近で昼食をとるというので、リックを降ろして直ちにチエンソウの響く方に近寄ッテ行った。
チエンそーの響きとともに、間伐作業を終えた
林層と木元から覗けた青い空を見た。            ←資料映像。クリックしてね

美しかった、天空に伸びた杉やヒノキに感激した。

作業員の方に≪大変な作業お疲れさんです・・・≫と一言声を掛けたかったが
あまりにも距離が遠くて諦めて引き返した。
すばらしい手入れされた山を見せてもらいホッとした。

この欄を借りて全国で働く山仕事の方々に感謝の気持ちを言いたい。
≪艱難辛苦の作業有り難う。
 ≫

21世紀は「環境の世紀」といわれる。林業行政の転換点。
  日本各地の山々を覆うスギ、ヒノキなどの木々が異変を起こしている。スギ花粉も飛び始めた。
多くの山人たちは経済価値の下がった山林を見捨てた。
 山を健全に育てる必須の条件は
「間伐の実行」である。
≪お山の杉の子≫とは大きくかけ離れた荒廃した山を現出した。

 

 

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茨城県・常陸太田市里美地区で遊ぶ   5の2

2011年02月21日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

落ち葉を踏み尾根道を歩く

単調な薮道、落ち葉を踏み、赤いテープの目印しの山歩き。

里美富士前峰573mにて

☆ 一円に 山旅託す 祠かな


薮の中、ここで集合写真

☆ 山標を チョイト失敬 写真入り


今回の最高峰


山仕事のチエンソウを聞きながら、
陽だまりの落ち葉の座布団、ウイングを広く取って昼食

☆ やれやれと 座をくずしてや にぎり飯


間伐された杉林の中を、笠石集落に向け歩を進める


尾根歩きを終わり、笠石集落に到着

☆ 集落や 顔を映して 丸木橋

静かな山歩き

およそ3時間余の落ち葉踏みしめながらの尾根歩きでした。
あまり踏み跡のない落ち葉、ゆったりとした冬陽を浴びながら山道でした。

葛ハイも創立55年、山行き2300回余の回数を重ねる、会員の高齢化とともに、
行き場所の選定に難を要すると、リーダの言葉。
大変なことと、労苦を知った。

この山は、杉・ヒノキが多く、きれいに間伐されたところ、
鬱蒼として暗い間伐されない林、それに松の枯れた樹が多かった。

松くい虫に侵され
これが歳月とともに枯死して山林に横たわる。山道を塞ぎ倒木をまたいでの登り
が至るところにあった。

あちこちに根こそぎの松を見るにつけ、
山林育成の将来は、なんとなく暗い影が宿っていた。

 

 

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茨城県・常陸太田市里美地区で遊ぶ   5の1

2011年02月20日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

里美の里から
          登る山を遠望する


道の駅≪里美≫の案内板より

 
地図上里美村とありますが現在は、合併され常陸太田市と
なっています



「道の駅里美」の案内板より
 
黄色い円内が里美地区


山麓に広がるのどかな里美地区の佇まい


これから尖った山≪里美富士に≫登頂を目指す
しっかりと足靴に履き替え山男、山女で出陣go・・・


バスの行き止まり(左の道路行き止まりの柵、道路なし)で、バス降りて
これから落ち葉踏みしめての、尾根歩きを愉しむ。
石碑の道しるべ慶応時代に建立

茨城の山

茨城の山といえば、筑波山ぐらいしか思い当たらない。
そんなことからあまり茨城の山に足を踏み入れたことがありません。
どちらかといえば、高い山がないのでとかく見向きしない地域となってしまうのでしょう。
今回のblogは
角度を変えながら常陸太田市・里美地区での山歩きを
愉しんでみたい。

 

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千社札

2011年02月19日 | 紀  旅行、葛ハイ山行

お地蔵さんの建物で 

屋根裏から柱に添付

千社札(せんじゃふだ)とは参拝した記念として貼る、自分の名前や住所を書き込んだ札のことである。

愛好家は自分の存在意義を札に現し添付して、お参りしたと鼓舞するのでしょう。
奉納の際には通常目立つところに貼るが、「隠し貼り」といって風雨に晒されず
目立たないところに貼ることもある・・・とか。

千社札の意味が分からなかった頃は何故、どうしてと疑問を持った。
重い足を引きずりながら訪ね歩く・・・・と、
千社札に対する畏敬の念が分かってきたような気がします。

 

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