和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

新書カバーの惹句。

2014-10-26 | 本棚並べ
惹句(じゃっく)=キャッチフレーズ
と辞書にあります。


鷲尾賢也著「編集とはどのような仕事なのか」
(トランスビュー)は、
講談社のお話でした。

そこで、途中入社した鷲尾氏が、
週刊誌部門から、講談社現代新書へとうつる。

「当時現代新書は、岩波新書、中公新書に大きく
遅れをとっていた。あまりにも売れないので、
やめようという社内の意見も多かったそうである。
・ ・・・起死回生の生き残り作戦の最中だった。
大衆向け出版社の講談社というだけで、多くの
先生方は真剣に相手にしてくれなかった。週刊誌
を発行している会社とはつきあいたくないという
顔を、露骨に見せる先生もいた。アカデミズムとは
こういうものかと、悔しかったことをよく覚えて
いる。人文研(京都大学人文科学研究所)など、
いわゆる京都学派の方々に積極的に執筆をお願い
したのは、そこには権威主義の匂いが少なかった
からであろう。装丁を切り替える
(たぶん200冊以上変えただろう)。そのために
編集部全員、毎日毎日、夜になるとネーム
(新書のなかで現代新書だけに入っている
カバーの惹句)書きに精を出す。当該の本を読み、
いわゆる帯のような文章を一日に何本も書く
のである。それを机に置いておくと、出社の
早い編集長の赤字が入り、戻される。写植化し、
資料とともに杉浦事務所に持参する、という
システムであった。ずいぶんそれは勉強になった。
先輩のネームに感心することも多かった。また
編集長の赤字になるほどと思わせられた。
センスは先天的なものかもしれないが、
磨くことは可能である。そういう気持ちが
生まれたのはそのころであろう。・・・」
(第2章「ささやかな自分史」から)

そういえば、昔の講談社現代新書には
表紙カバーの題字隣りに、惹句が数行
きちんと載っておりました。
読む方は、当然と思っていた表紙にも
新書なりの歴史があったのだなあ。

その講談社現代新書の表紙カバーも
またかわってしまい、
もう何年か経ってしまいました。
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